上 下
18 / 58

試験

しおりを挟む


『次期当主に相応しいかどうかの試験を受けろと言うのですか?・・・嫡男の僕に?』


 不機嫌そうに、アッシュは現当主である父に問い返した。
 謹慎中の部屋から出され、連れて来られた執務室には、既にヨルンが父の傍らに控えている。

 ロンド伯爵は一度ヨルンに視線を向けてから、無精ひげの目立つ長男へと視線を戻した。


『私としては、もう後継はヨルンでいいと思っている』

『なっ』

『だが、お前がうるさく喚いていると使用人からの報告があったからな、それなら機会を与えてやろうと思ったのだが、受ける気がないと言うなら別に・・・』

『っ、う、受けます! きちんと後継者教育を受けていたのは、そこのヨルンではなく僕ですからね。卑劣な奴らの罠に嵌められはしましたが、見事試験に受かって、僕こそが次の当主に相応しいと証明してみせます!』

『・・・そうか。やる気満々で結構だな。では、試験の内容だが』


 ここで伯爵は、予め執務室に連行していた、床に座らされている二人へと顔を向けた。二人―――バイツァーとリンダ―――は口に猿轡さるぐつわを噛まされ、両手を縛られている。バイツァーは静かにしているが、リンダは先ほどから、猿轡の奥でもごもごと雑音を発していた。


『試験はあれ・・だ』

『は・・・?』

『まずは、これに目を通せ』


 呆けた声を出したアッシュの前に、ぱさり、と数枚の紙が置かれた。箇条書きのリストのような、一見して数字の羅列が多く記されている書類。


『我がロンド伯爵家が被った損害をまとめた。お前は自分が完全なる被害者だとか言っているようだが、お前が原因の損害もかなりのものだぞ』


 記載されていたのは、予定されていた結婚式の準備とキャンセルにかかった費用、テンプル伯爵家に支払った慰謝料、バイツァーの捜索、捕縛、および拘留に使った経費、リンダの妊娠出産育児にまつわる支払い、学園でのアッシュとリンダの醜聞およびこの一年社交を控えた事で得損ねたであろうロンド伯爵家としての収益の見積もりなどなど。


『ちょっと待って下さい。父上、これは・・・こんなものは・・・』

『いいか、アッシュ』


 アッシュの声を遮り、伯爵は続けた。


『あの二人の処遇を含め、今回の一連の件の処理をお前に任せる。二人に相応の刑罰を与え、我がロンド伯爵家が被った損害額を回収してみせろ。当主に・・・なった・・・つもり・・・でな。資格があると言うのなら簡単だろう?』

『あ・・・えっと、はい、もちろん。そうだ、この二人を娼館に売り飛ばしましょう! その代金を被害額に当てれ、ば・・・?』


 ぱっと思いついた意見を口にしたアッシュは、あからさまに眉を顰めた父に戸惑い、言葉途中で口ごもった。伯爵は大袈裟に溜め息を吐き、額に手を当て、やれやれと頭を振っている。


『え、と、父上・・・?』

『駄目駄目だな、アッシュ、話にならん。二人を娼館に売り飛ばした所で、受けた損害の十分の一も回収できん。それに、男好きで女好きのこの二人に限っては、娼館は大した罰にならない。挙句もし知り合いが客で来たらどうするんだ? せっかく最小限に抑えた我が家の醜聞が、そこから外に出てしまうかもしれない』

『で、では、そうですね、鉱山、鉱山奴隷なら・・・』

『ううむ、鉱山でも金額はさして変わらんな。売られた恨みで醜聞をばらまかれる可能性も変わらない』

『の、喉をつぶせば』

『話せなくても、文字で伝えられる』

『手を切り落として・・・』

『奴隷として売るのに?』

『あ・・・』


 ここでまたロンド伯爵が大袈裟に溜め息を吐く。そして傍らのヨルンへと視線を向け『やはりヨルンに・・・』と言いかけると。


『そうだ、そうですよ! 殺してしまえばいいのです! そうしたら何も言えない! 醜聞が漏れる心配も要りません!』


 ブルブル震えながらアッシュの処罰方法を聞いていた二人が、猿轡ごしにくぐもった声を上げた。それを見ながらアッシュが『名案だ』と笑う。


『どうです? 父上、僕が次期当主に相応しいと、お認めくださいますよね?』


 ロンド伯爵は、鷹揚に顎を撫でながら、口を開いた。


『それだと確かに口封じは出来るが、被害額の回収が不可能になるな。ああ、そうか。もしやお前自身が働いて返すつもりなのかな。娼館でか、それとも鉱山か?』

『え・・・?』











「・・・と、こういう感じで話が進みまして。結局、兄上はその後に父上の出した提案を呑んで、あの二人と共に、とある一軒家に移り住むという任務を受ける事になりました。そこでのお役目を無事に果たせたら、次期当主候補・・に返り咲けるという約束です」

「・・・なんだか、罠の匂いがぷんぷんするのは気のせいかしら。それってただの時間稼ぎですよね?」

「ふふ、どうでしょう」

「それを考えたのはヨルンさまでしょう? シンプル思考のおじさまが、そういう絡め手を使える訳がないですもの」

「おや、分かっちゃいましたか」


 声に呆れを滲ませるラエラに、ヨルンは薄く微笑んだ。そんなヨルンに、ラエラは先ほどから気になっていた事を質問する。


「アッシュの試験内容はお聞きしましたが、ヨルンさまはどんな試験を受ける事になりましたの?」

「僕ですか? 大した事ではありません。学園の入学から卒業まで首席を取り続ける事でした。兄上が10位以内の成績でしたので、それよりいい成績を取れと。クリア済みですから、ご安心ください」


 爽やかに告げられ、ラエラは、え、と目を丸くした。


「ちょっと待って。クリア済みって、ヨルンさまは今17歳だから、まだ卒業されてない筈ですわ」

「飛び級制度を使って二年で卒業しましたので、もう学生ではありません。お陰で、ラエラさまが勤務先からご帰宅する時にも、こっそりくっ付いて歩く事が出来ました」











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。 清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。 婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。 ※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...