13 / 54
予想外の参列者
しおりを挟むオスカーが治めるマンスフィールド領、そこで最も大きな神殿の、これまた最も大きな祭場で、オスカーとシャルロッテの結婚式は行われた。
祭場の前方に置かれた祭壇を背にして立つのは神殿長。彼に向かい合わせるように立つのは新郎オスカーと新婦のシャルロッテだ。2人の背後には、参列者用の席が並んでいる。
参列者の数は・・・少なめではある。
だが、オスカーが言っていたよりずっと多かった。
万障繰り合わせて出席した人が、そこそこいたのだ。
だが、今ここでシャルロッテが強張った顔でオスカーの隣に立っているのは、厳密に言うとそれが理由ではない。
いや、もっと厳密に言えば理由になるのかもしれない。
実は、予想外の参列者には令嬢たちが多かった。前々日に届いた招待状なのに、一体どうやってスケジュールを調整したのだろう、約28名ほどのご令嬢が単独、もしくはお供付き、あるいは家族連れで乗り込んできていた。
まあ、オスカーの人気ぶりを知っているシャルロッテなので、ハンカチを噛んで悔しがる令嬢たち程度ならビビりもしないが(いやするか?)、28名の令嬢と家族にプラスして、実はもう1人、とんでもない人物が来ていたのだ。
そのとんでもない人物は今、参列者用の席の最前列のど真ん中、つまりオスカーとシャルロッテのすぐ真後ろに座っている。
さらに座席からもの凄い圧をシャルロッテに向けて放っている、要はガンを飛ばしているのだ。
もうお分かりだろう、そう、第二王女リベットである。
結婚式に参列するにはそぐわない、派手な真っ赤のドレスとキラキラ光る宝石をあちこちに着けて登場したリベットは、最前列中央の席で足を組み、右手を顎に当てて少し首を傾げ、いかにも不機嫌そうに眉を寄せ、じろり、いやぎろりと花嫁のシャルロッテの後姿を睨めつけている。
そして―――
「今からでもそこをどきなさい。そうしたら許してあげるわ。この身の程知らずが」
「お前程度の女がオスカーに釣り合う筈がないでしょう? さっさと消えなさいよ」
「お前の家には鏡がないのかしらね。それとも視力が悪くて自分の顔を見たこともないのかしら」
などと、ぼそぼそぼそぼそ小声で呟いてくる。
誰に向けて言っている訳でもない、囁きに似た呟き、あるいは独り言の体で。
声量は本当に小さく、左右両隣か、すぐ前に立つシャルロッテたちでも聞こえるか聞こえないかギリギリのところ。そして偶然かわざとか、王女の両隣に座っている人はいない。両隣どころか王女の周辺だけぽっかりと空席になっている。
つまり聞こえているのはシャルロッテとオスカーだけという事だ。ちなみに神殿長はお年なので少々耳が遠い。
控え室で自分のドレス姿に喜び、浮かれ、正装姿のオスカーに見惚れながら、嬉し恥ずかしの気分で祭壇前まで行ったところまではよかったが、今やシャルロッテのテンションは爆下がりである。
―――今日からオスカーさまを堂々と名前呼びできる~♡とか、ついにオスカーさまの妻となれたのね~キャッとか、我が人生に一片の悔いなし!とか、色々と幸せな気分だったのに。
前で神殿長の祝福を受けながら、背後からは呪いの言葉を吐きかけられるという、なかなか珍しくも嬉しくない状況に、シャルロッテの視線が少しずつ下がっていくのだが―――
「・・・もういい加減、あの馬鹿にはうんざりだ」
式が誓いの言葉へと移る頃、隣からぽそっと声が聞こえた。当たり前だが、オスカーも相当頭にきているようだ。
誓いの言葉とは、あらかじめ決まっている定型文を新郎新婦それぞれが宣言する儀式。
少々長い文言である為、神殿長が短く区切って何度かに分けて言ってくれる。それをこちらが復唱していく形だ。
その合間も背後からはぶつぶつと恨み節が聞こえてくる。区切っての復唱でなければ、途中で間違えて恥をかいていた事だろう。
なんとか誓いの言葉を言い残して終え、シャルロッテはホッと息を吐いたが、安心するのはまだ早い。次はいよいよ誓いの口づけである。
オスカーとは、照れた風を装って額に口づける事に決まった―――筈だったのだが。
「すまん。予定変更だ」
―――え?
そんな言葉と共にヴェールが上げられ、オスカーの端正な顔がゆっくりと近づいてくる。
形の良い薄い唇が、予定していた額よりももっと下の方に、そう、シャルロッテの唇の方へと寄せられていくのだ。これではまるで―――
―――まるで、おでこじゃなくて唇にするみたい・・・?
「っ、ちょっと何してんのよ。離れなさいよ」とすぐ近くで声がした。先ほどまでのぼそぼそ声より少し大きい。けれどオスカーの顔はどんどん近くなって、今にも鼻先が触れそうだ。
シャルロッテは思わずぎゅっと目を瞑った。たぶん顔は真っ赤で、期待で口元は緩んでいて、心持ち顔は上向きで。
オスカーの吐息を、シャルロッテは自分の口元に感じた。目を瞑っているから見えないが、すぐそこにオスカーの顔がある筈。
―――?
けれど、唇に何かが触れる感覚はなく。
かと言って、打ち合わせ通りおでこに口づけられる訳でもなく。
―――もしかして、私の勘違い?
ちょっとがっかりしたシャルロッテの眉がへにょりと下がった。その時、ふっと鼻先で空気が揺れた。
その後すぐ。
―――ちゅっ
小さなリップ音と共に、シャルロッテの唇に柔らかいものが触れた。
ほんの一瞬、けれどそれはきっと。たぶん間違いなく。
「☆+~!◇×=△?!」
最前列からは意味不明の叫び声が上がった。他の参列者たちも信じられないものを見たとどよめいている。
―――そんな時。
「ああシャル、本当に花嫁さんになってた。綺麗だなぁ・・・」
ざわめきのせいだろうか。
口づけの直前に祭場の扉が開いた音や、最後列の扉前から花嫁を見つめ涙する男性の姿に、誰も気づく事はなかった。
75
お気に入りに追加
1,616
あなたにおすすめの小説
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜
湊未来
恋愛
王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。
二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。
王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。
『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』
1年後……
王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。
「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」
……あら?
この筆跡、陛下のものではなくって?
まさかね……
一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……
お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。
愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜
悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜
嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。
陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。
無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。
夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。
怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる