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最初から来ていない

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ラウロは上機嫌で続けた。


「それでね、元婚約者に襲われそうになった君を、このオレがあわやというところで助けてあげるんだよ。
でもさ、オレが元婚約者の暴走を止めたとしても、媚薬を盛られた君の体が疼いて辛いのは変わらない。それで、君はこのオレに頼むんだ。助けて、辛いの、どうか抱いてくださいって。
どうだい、ロマンチックだろ?」


ラウロはぎゅっと自分の体に両手を回し、抱きしめる仕草をしてみせた。


「まあ、窓の近くに護衛を張りこませてるからさ、あの男が実際にこの部屋に忍び込んでくることはないけどね。
オレは、ここで護衛があいつを捕まえてここに放り込むのを、ただ待ってればいいってわけ」


計画通りに進んでいるのがよほど嬉しいのか、ラウロは饒舌だった。


本当はエリーゼの婚約者は自分がなる筈だったとか。

幼女趣味はないとか。

平民に逆戻りは嫌だとか。

これで一生遊んで暮らせるとか。

なかなかオズワルドが誘いに乗らなくて困ったとか。


「あの男って、けっこう薄情だよな。君が元婚約者の迎えを首を長くして待ってるよって書いてやったのに、全然動かないんだぜ。
最初は使用人が手紙を握りつぶしてるのかと思って、似たような手紙をそれからも何度か書いたけど、どうもそうじゃないみたいでさ。だから文面を変えたんだ」


そしたらコロッと引っ掛かってくれたよ、とラウロはけらけら笑った。

エリーゼから向けられる冷たい眼差しに気づく素振りもなく、ラウロはひとしきり笑うと、急にハッと我に返ってエリーゼの方を振り返った。


「ああ、ごめんごめん。嬉しくてつい話し込んじゃった。忘れてたよ、そのままじゃ君の体がツライよね? 
どうせ静めるのはオレなんだし、あの男はここで待ってれば護衛が勝手に放り込んでくれるから、先にイイコトしちゃおっか?」


ぺろりと舌で自分の唇を舐めたラウロは、首元のクラヴァットをしゅるりと緩めた。


「大丈夫。純潔じゃなくなったって心配いらないよ。オレが君をもらってあげるから」

「・・・お断りよ。私はルネスと結婚するのだもの」


息を荒げるフリも、苦しそうなフリも止めたエリーゼは、ラウロを強く睨みつけた。


だが、そんなことにも気づかないラウロは、解いたクラヴァットを床に落として笑う。


「面白くない冗談は止めようよ。あの男なら今頃、睡眠薬が効いてすやすや呑気に寝ているぜ」

「そっちこそ面白くない冗談は止めていただきたいわ。ルネスはいつだって私を守ってくれるもの。そう約束したのよ」

「・・・面白くないって言ってるだろ。もういい加減、諦めろよ」


そう言って、ラウロがじり、とエリーゼににじり寄ろうとした時。


不意に窓の外でガン、と何かがぶつかったような音がした。

それから立て続けに、似たような音が何度か響き。


その後、外は静かになった。


「ははっ、お待ちかねの暴行未遂犯が来たぞ」


捕り物が終わったと確信したラウロは、早速窓へと足を向ける。


「念の為に十五名ほど護衛を配置しておいたが、さっきの音・・・あの男、少しは粘ったみたいだな。
まあ、後はその男を部屋の中に転がして、君をオレのものにすれば目的達成だ」


オズワルドを投げ入れてもらおうと、ラウロが窓に手を伸ばすが、それより先に、外側からバンッと勢いよく窓が開いた。


「おわっ!」


驚いたラウロが一歩、後退り。


そこから飛び込んで来た人物を見て、目を見開いた。

なぜなら、入って来たのは、オズワルドではなく。


「・・・誰がエリーゼをものにするって?」


彫像のように表情を凍りつかせたルネスだったから。



「・・・っ」


ラウロはじりじりと下がり、最後は壁に背をつけた。


「・・・っ、な、なんで、お前が? 睡眠薬が効いてる筈じゃ・・・
そ、それに、あの男は・・・っ、元婚約者のあの男は、どこに行った?」

「最初から来ていない」

「はあ?」


ルネスの返答が理解できず、目を大きく見開いたラウロに、もう一度ルネスは言った。


「オズワルド令息は、最初からここに来ていない」

「え? いや、そんなバカな。宿でちゃんと打ち合わせだって・・・」

「ここで捕まる暴行未遂犯は貴様だ、ラウロ・カリス」


ゴンッ


ルネスの拳が、ラウロの顔面にめり込んだ。







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