【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮

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薄緑色のドレス

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(何だか不思議な気分ね。ルネスと夜会に出席するなんて・・・)


ルネスがエリーゼのパートナーを務めることを父アリウスから聞いて知ったのは、今から二週間ほど前だ。

ルネスに代役を頼まなくてはいけなくなったのは、エリーゼにまだ次の婚約者が決まっていないせいだ。つまりエリーゼに縁談が来なかったせい。

そう考えると少々複雑な気分になるが、十八歳という年齢ですぐに条件の合う結婚相手を見つけるのは難しいというのも仕方のない話なのだ。

家柄や派閥の問題もあるが、それを別にしても、たとえば結婚歴があるとか、家に借金があるとか、学園での成績が悪いとか、素行に難ありとかなど、どこかしらに問題がある人物ばかりで、今後は国外の貴族家も視野に入れて探すとアリウスは言っていた。


『それまでは、ルネスにパートナーを頼んだから』


アリウスのその言葉に、夜会で一人で頑張らなくても良いのだと、ほっと安堵したのも束の間、エリーゼはそれ以降、ふわふわというか、そわそわというか、とにかく何とも奇妙な気分を味わっている。

ルネスがパートナーというのが、妙に落ち着かないのだ。

ルネスと夜会に行くのは、別に珍しいことではない。
むしろ、これまで出席した数少ない夜会はすべてルネスと行っていた。
ただし、どれも護衛対象の令嬢と護衛騎士としてなのだ。


(騎士の制服を着ていないルネスと馬車に乗って、到着しても入り口で別れたりしなくて、そして、そのままルネスにエスコートされて中に入るのよね・・・?)


何度も頭の中で想像してみたが、やっぱり不思議でしかなかった。

いや、決して嫌とか、そういうのではないのだ。ルネスにされて嫌なことなど、エリーゼにはない。

ただただ慣れなくて、これまでと違うのがどうにもくすぐったくて、つまりは恥ずかしいのである。


しかも、そう、しかもである。


(どうしてこの色のドレスなのよ?)


夜会数日前になって、アリウスが手配した夜会用のドレスが屋敷に届き、エリーゼはぶるぶると震えた。

そのドレスの色が薄緑―――ルネスの瞳の色だったからだ。


(・・・分かっているのよ、お父さまに他意はないって。
だってこれって、あれだもの。ケヴィン令息がお詫びで送ってくださった生地だもの。
もらった生地から偶然お父さまが選んだのが、この色だっただけ。そう、分かってるわ。分かってるの)


だがしかし。

されどそれでも。

気恥ずかしいものは気恥ずかしいのである。

しかも夜会当日は、エリーゼはこのドレスを着てルネスの隣に立つのだ。

自己肯定感リハビリ中のエリーゼが、いい方向に捉えられる訳がない。


(ルネスは、これはお父さまが用意したドレスって知っているわよね? まさか、変な勘違い女とかって思われないわよね?)


そんな心配が杞憂に終わることなどまだ知る由もないエリーゼは、夜会当日まで悶々と悩み続けるのだった。








「ど、どうかし、ら・・・?」


迎えに来たルネスの前。

薄緑色のドレスを着たエリーゼは、ゆっくりとその場で回って見せた後に、おずおずとルネスに尋ねた。


「・・・」


だが、勇気を出して感想を聞いたのに返って来たのはまさかの無言。

ああやっぱり、と、エリーゼが俯いた時。


「・・・ものすごく、似合ってます。・・・その、びっくりするくらい、綺麗です」


呟きにも似た小さな声が、頭上から聞こえてきた・・・気がした。


エリーゼは空耳を疑いながら顔を上げ、そして固まった。

ルネスが顔中、いや耳まで赤くして立っていたからだ。


「っ、あ、ありが、とう・・・?」


あまりに驚いて、エリーゼのお礼の言葉は疑問形になってしまった。


だがルネス色のドレスに引かれることなく、むしろ似合っていると誉めてもらえたことで、エリーゼはひとまず極限の緊張状態から抜け出した。

そして、いざ落ち着きを取り戻すと、ルネスの正装姿が改めてエリーゼの目に入ってきたのだ。


(わあ・・・ルネスって・・・)


「・・・礼服もすごく似合うのね・・・普段の騎士服も格好よくて素敵だけれど、礼服のルネスは王子さまみたいだわ・・・」


緊張が解けた後で、すっかり気が緩んでいた。

ルネス相手でまったく構えていなかったこともあるだろう。

言い訳はともかく、気がつけば、思ったことがいつの間にか言葉になって、ぽろりと唇から零れ落ちていた。


「っ、あ、ありがとうございます・・・」


今度はさらに首まで赤くなったルネスを見て、エリーゼは思っていただけのつもりが、実際に口に出していたことに気がついた。

それから揃ってもじもじし始めた二人を、侍女たちは生ぬるい視線で見守っていたのだが。

既にいっぱいいっぱいのエリーゼとルネスがそれに気づくことはなかった。









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