上 下
18 / 74

過分の望み

しおりを挟む



「お嬢さま。クルルス令息から贈り物が届きました」

「あら、また?」


侍女がリボンのついた箱を抱えてエリーゼの部屋に入って来て、テーブルの上に静かにのせた。

表情には少し呆れが浮かんでいるが、エリーゼがその光景に驚く様子はない。


「もう謝罪はいいと何度も言ってるのに、律義な方ね」

「今日は何でしょうね。お嬢さま、開けて確認してもよろしいですか」

「ええ、お願い」


許可を得た侍女は、箱にかけられていたリボンをほどき、包紙を丁寧に開けていった。
そしてゆっくりと蓋を外し中をのぞくと、嬉しそうにエリーゼを振り返る。


「絹の生地でございます。薄緑と水色と薄紫の三色の布がこんなにたくさん。こんな上等の生地が手に入ったと聞いたら、縫製職人が大喜びで飛んできますよ」

「私にも見せて。まあ、本当だわ。きれいな色ね」


―――特に、この薄い緑色はルネスの瞳みたい・・・


そんな、今まで簡単に口に出せた言葉が、なぜかこの日は恥ずかしく感じられて。


「・・・」

「お嬢さま? どうかなさいましたか?」

「・・・ううん。何でもないわ」


―――結局、口に出せないまま、エリーゼはそれを心の中だけの呟きとした。







エリーゼとオズワルドが婚約を破棄してから二か月。

破棄の後すぐに謝罪に訪れたケヴィンは、その後アリウスが公爵家当主として正式にクルルス子爵家の謝罪を受け入れてからも、こうしてたびたびエリーゼに詫びの品を送ってきた。

謝罪の手紙も何度か受け取っており、彼の誠意を感じたエリーゼは許すと書いた手紙を返した。

だが、そんな交流があるというのに、エリーゼはまだケヴィン・クルルスに直接会ったことはなく、彼の顔も知らずにいる。

貴族年鑑は、当主だけは名前と絵姿を載せているが、その家族に関しては名前のみの記載となる。
だから、顔を合わせる機会は社交の場が主となるのだが、残念ながらエリーゼは、ついこの間までオズワルドの意向に従って、かなり社交を控えていた身だ。

実際に爵位を継ぐのはまだまだ先だが、よくこの事態に危機感を覚えなかったものだと、今さらながら過去の自分の価値観のズレっぷりに呆れてしまう。


(すべてがオズワルド基準だったものね。オズワルドが喜ぶか、嫌がるか、その二択で全部を判断してた。あの日の夜会で目が覚めてよかったわ)


今のエリーゼからはそんな風に思われているオズワルドは、婚約破棄後すぐにエリーゼに手紙を書いて寄越した。
実を言うと、その後も何通も送ってきているのだが、それらはすべてアリウスのところでストップしているので、エリーゼはそのことを知らない。

最初の一通だけ渡したのは、エリーゼがどう判断するか確認する為だ。
そしてエリーゼは、読んで『無理・・・』と拒否反応が出た。

その後、返事としてただひと言、『あり得ません』と書いて送ったが、オズワルドは懲りていないのか、それとも現実から目を逸らしているだけなのか、今も手紙は送られてくる。

だが、手紙はもう二度と彼女にまで届くことなくすべて握り潰されている。


オズワルドの現在の処遇に関しては、最終的に領地の離れに蟄居という形で落ち着いた。
比較的緩い罰なのは、アリウスとの交渉の結果だ。

アリウスは、クルルス子爵家が提案した内容をゴーガン侯爵夫妻に説明した後、オズワルドに対して、これに相応する対処を求めた。

ゴーガン侯爵家がクルルス子爵家に賠償金を請求しキャナリーの処罰を求めた以上、ラクスライン公爵家は少なくともそれと同等の処罰をオズワルドに望む権利があると詰め寄ったのだ。

だが、なんだかんだとオズワルドに甘いゴーガン侯爵夫妻は、アリウスからそう迫られても、オズワルドの除籍とか、ましてや馬車でどこかにオズワルドを置き去りにするなどとても出来なかった。
それで、キャナリーの罰を軽くする代わりに、オズワルドの罰もまた軽くすることを提案したのだが、当の子爵家がこれを拒否した。

クルルス子爵家としては、既に見限った娘の処罰を軽くするより、賠償金額を軽くしたかったようだ。

結果、処罰内容全体で足し引きすることで、オズワルドを領地内蟄居とする代わりに、侯爵家への子爵家の賠償金額が大幅に減らされたのである。

蟄居中のオズワルドが、エリーゼにこまめに手紙を書いて送ってくるのはいただけないが、手紙を握り潰せば済む話なので、アリウスも黙認することにした。
書いても書いても返事が来ないというのも、それはそれで罰になりそうだと判断したからだ。


キャナリーは、公爵家と子爵家が話し合いをした数日後に、馬車に乗ってどこかに連れて行かれ、それに同行したケヴィンは、翌日になって一人馬車で帰って来た。

キャナリーの処遇についてはエリーゼも知っている。
ケヴィンからの謝罪文の中に、報告として含まれていたからだ。

この顛末には、少なからず驚いた。

好きだと叫んだオズワルドの言葉をまったく信じていないエリーゼは、オズワルドはてっきりキャナリーと結婚して平民になって暮らすものと思っていたのだ。

だが考えてみたら、エリーゼが公爵家だから、自分は侯爵家だから、などと言う人間が、爵位にこだわらない訳がない。

オズワルドとキャナリー、どちらも貴族の家の子だが、跡取りでない二人は結婚したら平民になる。


『キャナリーとなんてあり得ない』とオズワルドが言ったのは、そういう意味もあったのだろうか。

だからオズワルドは、エリーゼとの結婚にこだわったのだろうか。

ならば、この先新しくエリーゼの婚約者になる人も、オズワルドのように爵位目当てなのだろうか。


そんなことを考えていたら、エリーゼは次の婚約者を決めるのが何だか怖くなってしまった。


(私をひとりの人間として見てくれて、夫婦として互いに信頼と敬意を深めていけるような、そんな相手を夫に望むのは過分なことなのかしら)


確かに難しいかもしれない。
けれど、現実的でないとまでは思わない。

だってエリーゼは、妻となる人に誠心誠意尽くすであろう人物を、少なくともひとりは知っている。


でも彼は嫡男で、そして何より、他に想う女性がいるのだ。









しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました

Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい… ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。 忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。 だから私は婚約者を尾行した。 するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。 まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!! ※誤字脱字報告ありがとうございます。 ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...