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ひとつの幕引き
しおりを挟む「っ、だから! あれはデートの予行練習をキャナリーに協力してもらっただけで、浮気とは違うんです!」
「そんな言い訳が通じるか!」
「本当です! エリーゼとのデートが本番なんだ! それをちゃんと上手くできるように前日に・・・」
「誰もそうは思っておらんわっ! 見ろ、この証言の山を! 『ゴーガン侯爵令息が楽しそうにクルルス子爵令嬢の手を取って歩いていた』『ゴーガン侯爵令息が最新デザインのドレスを令嬢に選んでいた』『ゴーガン侯爵令息が食事中ずっと笑顔で令嬢と話していた』・・・
どれもこれも『ゴーガン侯爵令息』『ゴーガン侯爵令息』『ゴーガン侯爵令息』だ!
しかも見ろ! この証言の数の多さを! お前は今、王都で一番有名な浮気者だ!
それも普通の浮気者じゃない。婚約者がいながら他の令嬢と逢瀬をした挙句、翌日には婚約者を同じ場所に連れて行く、不誠実で最低最悪の浮気者だ!」
「さ、最低最悪の、浮気者・・・? そんな、オレは、オレはただ・・・」
「お前がやったのは、そういう事だ!」
ゴーガン侯爵は、苛立たし気にダンッと足を踏みならした。
オズワルドは、予行練習と言えば分かってもらえると思っていたようで、父親の言動が信じられないと愕然としている。
その理由で分かってもらえると信じていたことこそ、侯爵を始め、その場にいた者たちにとっては信じられないことだったのだが。
「私は・・・私はな、オズワルド。お前がエリーゼを好いていると思っていたから・・・今は変に拗らせてても、結婚すれば上手くいくと・・・だから・・・なのに、お前は・・・っ」
「・・・ケスラー。いや、ゴーガン侯爵。そろそろいいかな?」
ここまでずっとエリーゼに話の主導権を渡していたアリウスが、初めて口を開いた。
興奮状態だった侯爵はハッと我に帰り、慌ててアリウスに向かって頭を下げた。
「す、すまなかった、アリ・・・ラクスライン公爵、それにエリーゼ嬢も。ここまで息子が愚かとは思わなかった」
侯爵はエリーゼとアリウスの正面に向き直ると、深々と頭を下げた。
だが、アリウスは謝罪を受けるとも受けないとも答えず、ただ用件のみを告げた。
「婚約破棄で構わないな? もちろんそちらの有責でだ」
「あ、ああ。それは当然・・・」
「なっ、父上、嫌です。オレはエリーゼと結婚する! したいんだ!」
「っ、もう無理に決まってるだろう! お前はもう黙れ!」
「でも・・・」
ゴツッ、と硬い音がして、オズワルドはふらふらとよろめいた。そして、ぺたんと尻もちをつく。
左頬がじんじんと痛んだ。その痛みは、先ほどの平手打ちの比ではない。
オズワルドは赤くなった左頬に、震える手をのろのろと当て、父を見上げた。
縋るような目だ。
けれど、侯爵の視線は既にエリーゼたちに向いていて、オズワルドなど見ていない。
侯爵は、一度だけ自分の右手拳をさすった後、静かに言った。
「私たちの親バカのせいで、エリーゼ嬢に迷惑をかけてしまった。婚約破棄の書類にサインする。それから慰謝料の話をしよう」
用意していた婚約破棄の書類をテーブルの上に置くと、アリウスがまず当主の欄にサインした。続いて侯爵がペンを取る。
それからエリーゼの前に書類が置かれ、ペンを渡された。
「エリーゼぇ・・・」
エリーゼがペンを手に取ると、テーブルの向こうから情けない声が聞こえてきた。
「キャナリーは、ただの友人の妹だ、それだけだ。オレが好きなのはエリーゼなんだよ・・・サインなんか、しないでくれよぉ・・・」
頼む、頼む、と繰り返すオズワルドに、可哀想という気持ちは一切湧かなった。
ただ煩くて、もう黙ってほしくて、自分のことばかりのオズワルドに悲しくなった。
エリーゼはペンを持つ手を止めて、顔を上げた。
「オズワルド」
「っ、なんだ、エリーゼ!」
名前を呼ばれ、オズワルドの目に光が灯る。
エリーゼは、そんなオズワルドににっこりと微笑みかけた。
美しい笑みに、オズワルドは状況を忘れて見惚れてしまう。
緩く巻いてから編み込んだエリーゼの薄紫の髪には、美しい細工の髪飾りが留められていた。
着ているドレスは明るい水色で、首元には大粒のアクアマリンのネックレス。
小さな金の耳飾りが、エリーゼの耳元できらりと輝く。
この時の為に着飾ったエリーゼは美しかった。
顔を赤らめ、期待と不安のこもった眼を向けるオズワルドに向かって、エリーゼは口を開いた。
「嘘は止めましょう、オズワルド。私みたいな地味でつまらない女、もう笑いかけるのも限界だって、言ってたじゃないですか」
「・・・え?」
「よかったですね。婚約破棄が成立したら、もう無理して私に笑いかけなくてもよくなりますよ」
「・・・え? ・・・え?」
「後悔してましたものね。爵位だけが取り柄の女と、どうして婚約してしまったのかって」
「・・・え? リー・・・ゼ・・・?」
「おい、オズワルド?」
アリウスは何も言わず、ゴーガン侯爵は、どういうことだとオズワルドを見た。
だが、オズワルドは、あんぐりと口を開けたまま、「え」とか、「あ」とか、意味のない音を発するだけだ。
(まだ分からないの・・・? それとも、言ったことを思い出せないくらいどうてもいいことだった・・・?)
あの日の悲しみと絶望を思い出し、思わず涙がこみ上げそうになるのを堪え、エリーゼはさらに笑みを深めた。
「・・・そう、言っていたでしょう? 二か月前の夜会で、友人の方々とバルコニーに集まって談笑していた時に」
「・・・っ! あ、あれ、は・・・っ!」
さあっと音が聞こえそうなくらい、一瞬で顔色をなくしたオズワルドが、慌てて口を開く。けれど。
「オズワルド」
その先を、エリーゼは言わせなかった。
代わりに、持っていたペンを軽く上に持ち上げてみせてから、もう一度オズワルドに向かって微笑んだ。
「今からこの書類にサインをしますから、そこで見ていてくださいね。最後にあなたが署名したら終わりですわ」
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