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やらかし待ち

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「今日は散々でしたね。まさかデートの現場に、よその令嬢が乱入するとは」

「私も驚いたわ。キャナリーさんって人、全然話が通じないんだもの」


関係を再構築するという名目の、とんでもないデートからようやく戻って来たエリーゼは、今日の出来事の目撃者である護衛騎士ルネスから労わりの言葉をかけられ、何とも言えない表情を浮かべた。


「帰りの馬車は大丈夫でしたか? あの男に何か嫌な事を言われたりは?」

「それが、思っていたより大した事は言われなかったの。やたら得意そうな顔で『ヤキモチはみっともないぞ』って何度も言ってきたのは、かなりうんざりしたけれど」

「ああ・・・なるほど」


何となく想像がついてしまったルネスは、綺麗な淡緑の瞳をすうっと細めた。


「ねえルネス。今日の事だけど、あれくらいでは弱いわよね。
結局キャナリーさんは席に来なかったし、オズワルドと窓越しに喋って、仲良さげに振る舞ったくらいだもの。あれで婚約解消が成立したら、世の中、婚約解消案件だらけになってしまうわ」

「そうですね・・・旦那さまもそう仰るかもしれません」

「やっぱりそうよね・・・」




実は、オズワルドから初めてのデートの誘いを受けた当初、エリーゼはその誘いを断るつもりだった。

婚約継続の意思のないエリーゼにとって、再構築の為のデートなど意味をなさないからだ。

だが、エリーゼがその事をルネスに話した時、ルネスはしばし思案した後にこう言ったのだ。


『会わない話さないとあの男を拒否しても、婚約解消には繋がらないかもしれません。むしろ、そのまま時間切れで結婚に至る恐れがあります』


絶句するエリーゼに、ルネスは例の夜会で見聞きした事を父アリウスに報告するよう勧めた。

確証がない事を報告していいものかと躊躇するエリーゼに、まずはエリーゼの心証をきちんと理解してもらう必要があること、そして婚約解消に持っていく為の助言を乞う方が早道であることを説明した。


『婚約が解消されないまま、当初の予定通りにあの男と結婚する事になってもよいのですか。
一人で悩むより二人、二人より三人の方が知恵も出来る事も増えます。旦那さまは最終的な決定権を持たれる公爵家当主、完全に味方してくださるなら、これ以上心強い事はないでしょう』


そろそろ社交シーズンも終わりに差し掛かっていて、あと一、二週間もすればアリウスたちは領地に帰ってしまう。

その前に、話せる事は全て話し、可能なら協力を取り付けた方がいいとルネスは言った。


そうして、再び時間を取ってもらってアリウスの執務室で話をすれば、エリーゼは盛大に父に怒られる事になった。


『お前は・・・っ、夜会では何もなかったと言ったではないか!』


アリウスは、自分がそう仕向けた節はたぶんにあるものの、エリーゼが先にルネスに打ち明けた事が少しばかりショックなようだった。

それはともかくとして、証拠がないからオズワルドとの婚約解消に使えない、というエリーゼの考えは、その通りだったようだ。


『逆に、こちらが侮辱罪で訴えられる可能性もあったな。オズワルドはお前より優位に立ちたくて仕方ない奴だから、平気でシラを切っただろう。どうやら私が思っていたより、あれは公爵家の婿という立場に執着しているようだし』

『旦那さま、よろしいでしょうか』


ここでルネスが手を挙げ、アリウスに報告を始めた。

相手が婚約解消に納得するような証拠が必要と聞き、ルネスは個人的に例の夜会でのオズワルドの発言について調査を始めたこと。

夜会の出席者全員の中から、オズワルドの友人である可能性が高い人たちを探し、証言が得られないか接触するつもりであること。

今はまだ調査を始めたばかりで、つい先日に手に入れた出席者のリストから、全出席者の名前を確認している段階であること。

この先、夜会でオズワルドと一緒にいた友人たちを的確に選定できるか、選定できたとして証言まで引き出せるかは分からないが、万が一を考えて最後まで調べたいと思っていることなどだ。


それを聞いたアリウスは、必要に応じて使えと何人かの部下の名前を挙げ、ルネスに正式に調査を命じた。


『同時進行で、オズワルドのやらかしを待て。
あれは、私が思っていたよりはエリーゼの価値を理解していたようだが、理解していてあの態度だったのなら、どうせまたすぐにバカをするだろうよ』


更に、アリウスたちがいない方がオズワルドの気も緩むだろうからと、社交シーズンが終わり次第、公爵夫妻は領地に戻る事になった。


そんな経緯で、エリーゼはオズワルドのデートの誘いを渋々だが受ける事にした。

油断させて、そのうちにあるかもしれないオズワルドのやらかしを待つ為だ。

だが、まさか婚約解消の話が出たばかりでバカな事はしないだろうと思っていたところに、バカな事が起きた。

しかしその規模は微妙に小さく、証拠として使うには全然足りない。


『確かに、これだけでは使えないな。オズワルドのバカさ加減に期待したいが、先の事は分からない。
まあ、どうにもならなかったら、公爵家としての権力を振るう事にするさ。エリーゼの評判を落としかねないから、できたら最終手段にしたいがな』


カフェでの出来事について報告をしてから一週間後。

そう言ったアリウスは、妻と共に領地へと戻って行った。


そして、オズワルドから二度目のデートの誘いが来たのは、それから十日後。

今度はカフェではなく、観劇だった。









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