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もう一匹、いやもう二匹の虎さん

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「さて、フォートナム伯爵。僕の訪問の意図は既にお分かりだと思いますが」

「・・・」


アヒクールの兄でありフォートナム伯爵家の現当主であるロヒタス・フォートナムに、にこりと笑いかける。


僕の隣に座るのはルドヴィック。

背後には僕が連れて来た護衛二人。


さてさて。
ノッガー侯爵家の威は、ちゃんと通用するだろうか。




「・・・アレにはほとほと手を焼いていましてね」


ロヒタスは平坦な声でそう言った。


「平民の娘だった頃ならいざ知らず、男爵令嬢でノッガー侯爵家のお気に入りの商人ともなった娘をどうこうしようとは。まったく、両親が甘やかすからあんな馬鹿が出来上がる」


声に感情は表れていないが、眉間には深く皺が刻みこまれ、テーブルに置かれた指を苛立たしげにトントンと打ちつけている。

それが彼の相当な怒りを表しているようにも見えた。


「サシャ嬢には既に立派な相手がおりましてね。こちらのトルソー子爵令息なのですが、僕も贔屓にしているヘリパッグ商会縁の人で」

「ヘリパッグ商会の」

「僕としましても、二人の恋の行く末を応援したいと思っておりましたので、今回の弟さんの件は非常に残念に思っているんですよ。ええ、非常に」

「・・・」

「もちろん、この件にフォートナム伯爵が関わっているなどとは一切思っていませんが、伯爵にとっては弟に当たる方。僕たちがサシャ嬢を思ってこの先行動を起こすことをどうお考えになるか、いささか心配になりまして」


おおお。

僕は心の中で自分に拍手を送っていた。

最近、真面目に次期当主としての勉強に力を入れた甲斐があった。

ショーンにもあれこれしごかれたけど。
本当にキツかったけど。

なんか前よりも立ち回りが上手くなってる気がする。


「いかがでしょう、伯爵。僕としても、これから先もフォートナム伯爵家とは良好な仲を保っていきたいと思っているのですが」


ロヒタスはふ、と息を吐いた。


「無論、こちらこそお願いしたい。アレはもう我が伯爵家からはスッパリと見限ることにします。こうなっては両親も文句は言えますまい」

「では」

「フォートナム伯爵家があの馬鹿を庇うことは今後一切ありません。その代わり」

「分かっています。今回の件を収めるに当たり、伯爵家の名が出ることはないようにします」

「・・・」


ロヒタスは黙って右手を差し出した。
僕もまた右手を出し、固く握りしめる。


「では、急ぎますのでこれで。突然の訪問にも関わらず、対応して下さったことに感謝します」

「ああ。こちらこそ愚弟がすまなかった。トルソー令息・・・だったか。二度とあの馬鹿にはヤンセン令嬢に手を出させないと約束しよう」

「・・・あ、ありがとうございま、す・・・っ!」

「ルドヴィック、行こう」

「はいっ」


なんとか噛まずに堪えたルドヴィックを連れ、僕たちは第二の目的地へと急ぐ。


そこにはもう一匹の虎さんが来てくれている筈だ。

トリプト鉱石製の剣を大喜びするような、腕に覚えのある高爵位の虎さんが。

繋ぎ役として来てくれていたショーンに礼を言って屋敷に帰し、虎さんと合流。

あれ、何故か虎がもう一匹増えている。

これは想定外だが、彼はより爵位が高いし、虎の数が多い分に越したことはないだろう。


さあ準備は万端。
いざサシャ救出のためにアヒクールの屋敷へと乗り込もうとした時だった。


屋敷に近づくと、中から大きな叫び声が聞こえて来たのだ。


サシャが危ない目に遭っているのか、と一瞬思ったが、絶叫はどう聞いても野太い男の声。


状況はよく分からないが、取り敢えず腕に覚えのある虎さん二匹が屋敷の中へと突入する。

見れば、僕が贈った例の長剣短剣セットを仲良く一本ずつ手に持っているではないか。

兄弟仲が良いのは知っているが、今は剣の切れ味を試す時ではないような・・・ていうか、中にいる人の方が危ないという案件になるのか、これは?


うわあ。

なんか屋敷内の叫び声がどんどん大きくなってるんだけど。

助けてとか、すみませんとか、もうしませんとか。

これ、僕たちの方が悪者っぽくないか?


「ええと、じゃあ僕たちも行こうか」

「・・・そ、そうですね」


恐らくは大した戦力にならないであろう僕とルドヴィックは、連れてきた護衛二人を前後に置き、庭の方から声のする方へと近づくことに。


すると。


大きく開いた窓の側にある木に猿がいた。


そしてその猿は、器用にも屋敷の中に向かって何かをビュンビュン投げつけている。


いや、あれは猿じゃない。
猿じゃなくて、あれは。


「・・・サシャ嬢?」


ルドヴィックの呆けた声が、隣から聞こえてきた。


うん。
よく見れば確かに、あれはサシャだ。

サシャが木につかまって、スカートの内側から取り出した何かをどんどんと屋敷に投げ込んでいる。


そして、その一つが窓の手すりを乗り越えようとした人物の顔にぺしゃんと当たった。


「うっぎゃああああっ! 熱いっ! 痛いっ! 肌が焼けるぅっ!」


えええ?
ちょっと、ちょっと。サシャ、君、何をやってるの?


「焼ける訳ないでしょう、この下半身ゆるゆる男が! ただのカラシ爆弾ですよ! へへーん、ざまぁあそばせ!」


えええ?
ちょっと、ちょっと。ヤンセン男爵、何を娘に持たせてるの?


いや、護身道具なのか? ならセーフなのか?


それにしても何というお転婆娘だ。

高笑いをしながら、サシャはカラシ爆弾とやらを追手に投げつけている。

だけど、サシャ。君は木の上にいるんだぞ。
あまり動作を大きくすると危ない。木から落ち・・・


「うきゃっ」


ああ、ほら。
言わんこっちやない。


足を滑らせ、真っ逆さまに落ちてくるサシャを受け止めようと足を踏み出した僕の横で、風がひゅっと吹き抜ける。


・・・ルドヴィック。


ルドヴィックが駆けた。


「きゃあああああっ!」

「うわぁぁぁっ!」


おお。見事。


僕は思わず拍手を送る。


ルドヴィックは自らを犠牲にして、木から落ちてきたサシャを受け止めたのだった。


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