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次期当主は忙しい

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「・・・セシリアン。そう言ってくれるのは嬉しいが、私にはまだ自信がない」

「そう、ですか」






前日の夜にした会話をふと思い出し、執務の手を止めてぼんやりしていたところにショーンがトレーを片手に現れた。


「色々とお忙しいのは分かりますが、最近、少し根を詰めすぎではありませんか」


そう言って、目の前に置かれたのは先だってデビッドが紹介してくれた赤すぐりのジャム入りのショコラ・ショー。

実は、けっこう気に入ってしまっている。


「これをお作り出来るのもあとニ、三回かと。父が持ってきてくれたジャムもそろそろ終わりますので」


残念。

じゃあ最後はアデラインに譲らないとね。


「そっか。じゃあ、この味とも来年までお別れだ」

「来年も必ずこちらに届くように手配しておきます」


爽やかで、でも濃厚な甘みを楽しみながらカップに口をつける僕に端整な笑みでそう告げてから、唐突にショーンは僕に向かって頭を下げた。


「セシリアンさま。ノッガー家に仕える者を代表して感謝を申し上げます」

「・・・へ?」

「旦那さまのこと、アデラインお嬢さまのこと、そして領地の屋敷にいる父たちのこと諸々を含め色々と考えて下さって、ありがとうございました」

「・・・いや、礼を言われる様なことじゃないよ。この先のことは、まだどうなるかも分からないし」

「いえ、既に十分なご配慮をいただきました。父も感謝しております」

「でもまだ先が上手くいくとは・・・」



次期当主として僕が考えている先々の見込みについて話そうとして、突然のノックに遮られた。


「・・・なんですか?」


訝しげに問うショーンに、扉の向こうから少し焦った様な声が返る。


「申し訳ありません。あの、トルソー子爵令息がおいでになられて、セシリアンさまに至急お目にかかりたいと」

「え? ルドヴィックが?」


ショーンと僕は顔を見合わせた。


おかしい。

ルドヴィックは礼儀を弁えた青年だ。

訪問するなら数日前に先触れを寄越す筈。

百歩譲って、当日に訪問を思いついたとして、それでも先に使いを寄越すだろうに。


僕はショーンに頷きを返す。

ショーンもすぐに僕の意を汲み、突然の訪問客を迎えるために部屋から出て行った。


う~ん。

なんだろう、新たなトラブルの予感がするなぁ。


サロンへと移動し、そこでルドヴィックを迎えると、彼は僕に会うなり突然の訪問の非礼を詫びた。

そしてその後、直ぐに。

ルドヴィックはがばりと頭を下げたのだ。


なんか、デジャヴ。


なんて呑気に思っていたら。


「どんな条件でも呑みます。ノッガー令息のお力を貸してください! 僕だけでは助けられないんです!」

「・・・はい?」


なんか不穏なワードが聞こえてきた気がスルケド。


聞き間違い、かな?


勢いよく頭を上げたルドヴィックの顔は真っ青だ。


「サシャ嬢が・・・攫われたようなのです!」

「・・・はあ?」


新たなトラブルの予感は、見事に的中した。






「ええと、つまり話をまとめると」


座っているのももどかしいという様子のルドヴィックを、取り敢えず椅子に座らせ、よくよく話を聞いてみた。


ヤンセン家が男爵位を賜る前からサシャに目をつけていた貴族がいた。

それでも正式に妻とするならまだ良かったのだが、その貴族にそんなつもりは更々なく、愛人にする気まんまんだったとか。

ヤンセンが爵位を得て平民から貴族になったことで、一方的に愛人として召し上げることが出来なくなり、今は様子見の状態だったが・・・


「なるほど。最近、君がいつも側にいるようになって、彼方も慌てだした、と。そんなところかな?」

「恐らくは」

「ふ~ん。事情はよく分かったけど、それでなんで僕に?」

「ノッガー令息の虎の威を借りたいのです」

「ん?」


虎。虎の威。


「・・・つまり、攫った相手は侯爵位よりも下ってことだね?」


そして、ルドヴィックだけでは助けられないという事は子爵位よりも上。

つまり伯爵位か。


「そうです。それが理由で、サシャ嬢とノッガー令息の噂が立った時はあちらは静観していたのです」

「どこの家?」

「フォートナム伯爵家です。現当主の弟でアヒクールという名の男です」


その名前には直ぐに思い当たった。

最近は次期当主として社交関係も頑張ろうと色々対策していたからね。


ルドヴィックの話から、きっとその貴族とやらは女好きなんだろうと簡単に想像できたけど、評判のまんまじゃないか。


まあ、サシャは確かに顔は可愛いからな。
変なのに目をつけられちゃってたか。


「通報して騎士隊を呼べば簡単ですが、それではサシャ嬢の名誉が地に落ちます。なんとか表沙汰にしないで彼女を取り戻したいのです」


サシャの名誉を傷つけないためには攫われたことを隠し通さなければならない。

かといって、爵位が下の人間があれこれ言っても握り潰されるだけ。


昔噂になった間柄とはいえ、今のサシャは僕とアデラインのお抱え商人みたいな扱いになってるし、ノッガー家が口を出してもおかしくはない。


でもね。


「僕が動いたとして、あちらが素直に非を認めなかった場合はどうするの? 大事にはしたくないんでしょ? 大人数では動けないし、こちらから向こうの家に乗り込む訳だから、当然あちらの方が数が多くなるよね」

「その通りです。ですから」


ルドヴィックは真剣な表情で僕を見つめた。


「ノッガー令息の威を、もう一つお借りしたいのです」



・・・そんなに何個も貸せるほど持ってないと思うんだけど。



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