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恋に悩みはつきものだけど
しおりを挟むなんか、ごめん。
僕なんかが恋を語ろうとして、ごめんなさい。
心からそう謝りたい気分だ。
「全力で口説きたいんですけど、どうしたら振り向いてもらえるんでしょうね」
そうルドヴィックは続けた。でも。
「・・・どうしたら良いんだろうね・・・」
同じ言葉を問い返すことしか出来なかった。
だって、僕に聞かれてもなぁ。
恋愛経験が乏しい上に、相手がサシャと来たら、もうこれは。
僕が彼に言える言葉は、「ごめんなさい」しかないよね。
「・・・そんなに落ち込まないで、セス」
ルドヴィックが帰った後、僕はサロンで、少しいじけながらアデラインのクッキーを食べていた。
アデラインの新作で、二週間後の義父とのお茶会用に出す予定の紅茶葉入りクッキーだ。
もちろん茶葉はノッガー領産のもの。
現領主、および未来の領主候補として、このクッキーを出せば会話が弾むのでは、という狙いらしい。
初挑戦だから混ぜ込む茶葉の量とかのバランスが難しかったって、アデラインは言ってたけど。
うん。とっても美味しい。
ひとくち食べると、口の中に紅茶の香りがふわっと広がって。
優しい甘みと少しの苦みが、大人のお菓子って感じがする。
一回目でこれって、完成度高くない?
これは義父との争奪戦になるぞ。
ああ、美味しい。
すごく美味しい。
なのに。
「はあああ・・・」
今、目の前のこの幸せに浸れない自分が恨めしい。
「ねえ、アデル」
「なぁに?」
「僕はどうやってサシャ嬢の気を引けたのかって、ルドヴィック令息に尋ねられたんだけどさ」
答えようがなくない?
何もしてませんって言っても、信じてもらえなさそう。
というか、自慢してるみたいに聞こえちゃうかな。
いや、むしろ嫌味に取られるかも。
「・・・サシャさまは独特の感性の持ち主でらっしゃるから、どう答えたらいいものか迷ってしまうわね」
「そうなんだよ。サシャ嬢が僕を好きになった理由に心当たりが何もないから、却って返事に困るんだよなぁ」
「見た目が好みだったのかしら? だって、会ったその日からセスのこと好きだったって、前に仰ってたわ」
「・・・ははは」
面白くもなんともないのに、乾いた笑い声が思わず漏れた。
見た目ね。
僕とルドヴィックとでは、髪の色も、顔つきも、タイプも違う。
辛うじて目の色は近いかな。
あとは僕も彼も細身ってとこか。
「・・・いや、ダメだ。外見を僕に寄せようとか、そういうのは何かダメ。ルドヴィック令息はルドヴィック令息の良さで勝負してもらわないと」
彼は、彼なりの真摯な気持ちでサシャを求めてるから。
「そうね、あと参考になりそうな事は・・・あ、確か、木から落ちた所を助けられたと思ってらして、その日からセスのことを、と仰ってなかったかしら?」
「なるほど、それだ」
それと同じことをサシャとルドヴィックとで経験したら。
そうだよ、サシャはきっと・・・
と、そこまで考えたところで、この計画の大きな穴に気づく。
「今のサシャ嬢は、さすがに木には登らない、よね?」
「・・・そうだったわ」
僕はもう一口、クッキーを頬張った。
ああ、せっかくのアデライン手作りクッキーなのに集中して楽しめない。
しっかりしろ。
今、やっと義父とアデラインとの関係が変わりつつあるんだ。
ルドヴィックのことを心配している余裕なんてない。
二週間後には、二回目の散歩の約束がある。
アデラインはもう、その後のお茶会で出せる様に、こうして新作のクッキーを作り始めて、義父との関係を改善しようと動いてる。
僕も何か、義父とアデラインとの距離を無理なく縮められるように考えなきゃ。
もちろん、その間も義父にハッパをかけることも忘れないようにして。
そうだよ、そっちを考えないといけないんだ。
いけない、のに。
--- 僕にはサシャ嬢が必要なんで、しゅ ---
あんな、ふざけてるようで、実は真面目に考えてる奴の面倒くさい恋路なんか。
心配してる場合、じゃ。
場合じゃ、ない。
--- 僕は、そんなサシャ嬢との未来に焦がれているんです ---
今は、まず義父と、アデラインのことを。
そうだよ。そうしなきゃ。
「・・・ああ、もう」
「セス?」
僕はテーブルに突っ伏した。
アデラインが心配そうに僕の顔を覗き込む。
悩んだからって、僕に何が出来る?
アデラインのことだって、ずっと思うように守れなくて、歯がゆい思いをしてきたのに。
他の人に手を回せるほど、僕は力のある人間じゃない。
「セス、大丈夫?」
「・・・うん、大丈夫。なんか、あいつ。ルドヴィック令息ってさ、妙に真っ直ぐな男でさ」
「ええ」
「とにかくサシャ嬢の能力に惚れ込んでるの。顔も可愛いし性格も明るくて好ましいけど、何より商才が凄いんだってベタ褒めでさ」
「そう」
「でも、サシャ嬢の前だと噛みまくっちゃって会話にならないんだって」
「・・・そうなの」
「なにかアドバイスがあれば貰えないかって言われてもねえ」
「そうね。難しいわね」
「でもあいつ、必死でさ」
ぼやきながらも、僕の右手はクッキーにするすると伸びていく。
だって、ご褒美がないとやってられない。
さっきから、頭の中がぐるぐる、ぐるぐるしてて、よく分からないんだ。
だって、あいつ。ルドヴィック。
--- 誰が認めてくれなくても ---
「それでも、僕にはこれが初恋なんです」って恥ずかしそうに笑うから。
だから、なんか。
なんか、放っておけないんだよ。
何か僕に出来ることがあるなら、してあげたいって、そう思っちゃったんだよ。
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