116 / 168
本当にポンコツ
しおりを挟む王太子ルシオンが用意した部屋でセスと義父が話し合いを始めてから二時間後、扉を開く音と共にセシリアンが姿を現した。
「・・・やあ。お話は終わったのかい?」
ルシオンの柔らかな声に、セシリアンは、はいと頷く。
「本日は私用にも関わらず、王太子殿下に便宜を図っていただきましたこと、心から感謝しております。お陰で義父とゆっくり話すことが出来ました」
深く頭を下げて感謝の言葉を述べるセシリアンに、ルシオンは笑みで返した。
「そう。きちんと話せたのなら良かった。君はもう帰るのかい?」
「はい。アデラインが待ってますから」
愛妻家の様な返事を、セスがしごく真面目な顔で返してきたので、ルシオンは笑いを嚙み殺すのに必死だ。
そして彼が退出した後、ルシオンは未だ奥の部屋から出てこないもう一人の男、かつての上司であり現臣下であるエドガルトのもとへと向かった。
扉を開けてからノックの音を響かせる。もちろん、わざとだ。
ぼんやりとした顔でソファに座っていたエドガルトは、その音でゆっくりと顔を上げた。
その間抜けた表情を見て、ルシオンは思わず苦笑する。
「・・・事情は知らないけど、あまり子どもに心配をかけるものではないよ? 嘘でも虚勢でもいいから、安心させてあげなくてはね」
「・・・申し訳ありません」
「別に私に謝らなくてもいい。もう絞られた後のようだしね」
「は・・・?」
怪訝な表情を浮かべたエドガルトに向かって、ルシオンは人差し指で自分の右頬をつんつんと叩く。
はっとした様子で右手を頬にあてたエドガルトは、恥ずかしそうに俯いた。
「・・・まったく、あんな穏やかそうな子が殴りかかるほどの事をしたのかい、君は・・・エドガルト、アーリン殿が亡くなってから、君は本当にポンコツになったよねぇ?」
「・・・お恥ずかしい限りです」
「まあ、私も息子二人、娘一人を持つ身だ。この先、君と同じように子どもに食ってかかられることもあるかもしれないから、強く言えた義理じゃないけどね・・・逃げ回るのは違うだろう?」
「・・・はい」
ルシオンは溜息をひとつ吐くと、しっしっと右手を振った。
「今夜は必ず屋敷に戻るように・・・今後、本当の繁忙期でもないのに王城の執務室に泊まることを禁ずる」
「・・・畏まりました」
頭を下げ、静かに去っていった後ろ姿を見送りながら、ルシオンはもう一つ息を吐いた。
「本当に・・・他のことでなら優秀なのにな。どうしてああも不器用なんだか」
夕日が沈むころ。
ようやくノッガー邸に帰ってきたセスは、エウセビアに礼を言い、無事に義父と話せたことを告げた。
そして彼女を迎えに来たアンドレ(そう、送り迎えはアンドレがしていたのだ)にも同じことを話し、明日、つまり三日目はもう来なくても大丈夫だと言った。
セシリアンの表情を見て取ったのか、それとも未だ赤みが引かないセスの右拳から察したのか、二人は最後に妙な含み笑いを残して馬車に乗り込んだ。
その間ずっとアデラインの手を握り隣についていたセスだったが、アンドレたちを乗せた馬車が遠ざかるのを見送りながら、ぽそっと「殴っちゃった」と言った。
「・・・え?」
あまりに小さな声で、よく聞き取れなかったアデラインが首を傾げる。
セスはバツが悪そうな顔で、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「本当に殴っちゃった。義父上のこと」
「・・・」
「ごめんね。どうしても我慢できなくて」
アデルは視線をセスの右手に移す。
拳の赤くなっている部分を認めると、そこに手を伸ばしそっと撫でた。
「・・・痛くない・・・?」
「今は痛くない。けど、殴った時はけっこう痛かった。・・・あれ、殴る方も痛いものなんだね。人を殴ったのなんて初めてだったから知らなかったよ」
なるべく戯けた調子で言ってはみたけど。
ああ、やっぱりね。
アデラインの瞳に、不安が宿る。
そりゃそうだよね。
僕が誰かを殴ったことなんて今まで一度もなかったし、しかもその相手が義父だって言うんだから。
ええと、これは何か冗談でも言って和ませた方がいいかな。
・・・
そうだ。
「・・・アデライン」
「はい・・・?」
「もし今回のことで義父に勘当されるようなことになったら、僕と一緒に駆け落ちしてくれる?」
「・・・」
あれ?
変だな。
アデラインが笑わないぞ?
僕はこてんと首を傾げてアデルの顔を覗き込んだ。
冗談が下手すぎて笑えなかったか?
なんか違うものをもう一つ考えた方がいいだろうか。
「・・・アデライン?」
「・・・ち・・・」
「ち・・・?」
『ち』とは何だろう。
僕は続きを待った。
アデルは、ごくりと唾を呑みこむと、意を決したように声を上げた。
「ち・・・地の果てまでも・・・セスと、い、一緒に行く、行きます・・・っ!」
「・・・」
・・・はい?
え? あれ?
見れば、アデラインは決死の覚悟で口にしたのか、目には涙まで浮かべている。
まずい。
冗談にもならない冗談だったみたいだ。
和ませようとしたのに、泣かせちゃったじゃないか。
僕は慌ててアデラインの両手をぎゅっと濁り、何を言って事態の沈静化を図ろうかと考えを巡らせるのだった。
12
お気に入りに追加
389
あなたにおすすめの小説
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
この裏切りは、君を守るため
島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる