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優しい王太子の裏話
しおりを挟む夜会はある意味予想通りで、それから別の意味で予想外で。
予想通りだったのは、アンドレとエウセビアの婚約に対する皆の反応。
やっぱりと言うか何というか、婚約者の座を狙っていた令息令嬢はかなりいたらしい。
あからさまに落胆する者、嫉妬や妬みを表す者、嫌味を言ってくる者、まだ諦めていない者、と様々だった。
そして、これまた予想通りなのが、その対処の仕方だ。
相変わらず鈍いアンドレは的外れな応答で意図せず相手を煙にまいてるし、エウセビアはにっこりと微笑みながら致命傷を与えることを忘れない。
アンドレとエウセビアの歩いた後には死屍累々の山が・・・ある訳ないけど。
まあそれでも、精神的なダメージをくらった人たちは相当いたと思う。
ある意味、あの二人は最強の組み合わせなのかもしれない。
そして予想外だったのは今回の夜会主催者側である王家の一人、王太子殿下だ。
と言っても、ここで分かりやすく王太子殿下が僕たちと年が近くて、アデラインやエウセビアに密かに好意を持ってたり・・・なんてこともなかった。
だって、既に王太子殿下には妃がいらっしゃるから。
そもそも殿下は御年29歳。
再来年には現陛下より譲位され、国王として立つ予定なのだ。
しかもしかも、なんと可愛らしいお子さままでおられる。それも三人。
という訳で、当然僕たちの恋の当て馬などという危険は全くなく。
じゃあ何が予想外だったって?
それはね、殿下が義父と結構仲が良かったってこと。
正確には仲が良いというより、先輩後輩の間柄?っていうのかな。
王太子殿下は政務や軍務を学ぶ一環として、それぞれの部署に一定期間ずつ務めてたらしいんだけど、その時、義父の下に就いていたこともあるらしい。随分昔の話だと言っていたけれど。
それで、殿下はアデラインを見た時、懐かしそうに目を細めたんだ。
「アーリン殿によく似ている」って言ってね。
「母・・・ですか。わたくしはあまり母の記憶がないのですが、周りからはよく言われます」
「・・・そうか。そうかもしれないな」
アデラインが少し寂しそうに答えたせいか、ルシオン王太子殿下までつられて眉が下がる。
殿下の隣に立っていたキャスティン王太子妃殿下は、そんな様子にくすくすと笑った。
「ルシオンさまはね、昔アーリンさまに憧れてらした時期があったのですよ」
「「え・・・?」」
ビックリして呆けた声が出た僕たちの目の前で、殿下が慌てだす。
「こら、キャス! それは別に言わなくてもいい話だろう?」
「あら、だってあの頃の貴方ったら、いつもアーリンさまをを見てうっとりして・・・」
「いやいや、キャス、わざと誤解を招くような言い方をするな! 子ども心に抱いた憧れというものだよ。年上の女性が眩しく見えただけだ」
「うふふ。ええもちろん、わたくしは分かっておりましてよ? お年だって7つも離れてましたし、アーリンさまはエドガルトさましか目に入ってらっしゃらなかったし」
・・・つまり眼中になかったと。
艶やかに笑いながら暴露する妃殿下は、ちょっとばかりエウセビアに似ていると思う。
「ほら、そんな話をするから彼らが反応に困ってるじゃないか」
ワタワタする王太子殿下が可愛らしいと思ってしまうのは不敬かな。僕たちよりもずっと年上なのに。
「まあ冗談は置いといて」
ルシアン殿下がこほんと咳払いをした。
「夫人が亡くなられたと聞いた時は、随分と心配したんだ。侯爵は夫人にべた惚れだったし、令嬢はまだ幼かったから」
・・・殿下、その心配は当たりです。
ここの親子関係は少し拗れてますよ・・・とさすがに面と向かっては言えない。
だから、曖昧に笑って誤魔化した。
横を見れば、アデラインの笑みも少しぎこちないけど。
まあ、仕方ないよね。
だって、上手くやってるとはとても言えない。
「再婚する素振りもないし、やがて養子を迎えて娘の婚約者にしたと聞いて、どうなるかと気をもんだ時期もあった。・・・でも婚約者の君も優しそうな青年だ。きっと幸せになれる」
「ありがとうございます」
「式は来年になるのかしら。楽しみね」
キャスティン妃殿下は、改めて僕たち二人をしげしげと見ると、こう続けた。
「それにしても、二人の姿を見てるとまるで昔のアーリンさまとエドガルトさまを見ているようだわ」
「うむ、確かに。令嬢は母君にそっくりだが、令息は侯爵によく似ている。本当の家族のようだ」
「・・・よく言われます。義父は僕の髪と瞳の色で養子に選んだそうですよ」
「なるほど。自分たちと重ねたかったのかもしれんな」
そんな殿下の呟きに、僕は今さらながらそうだったのか、と納得したりして。
王太子夫妻の仲睦まじさと親しみやすさは本当に予想外だったけど。
僕にとっては、薄情以外の何者でもない義父の昔話がなかなかに新鮮だった。
義父によく似ていると言われるこの髪の色も瞳の色も。
そのお陰でアデラインの隣にいることを許されたのだと思うと、また違う感覚が湧いてきて。
珍しい話を偶然に聞けて、今までとは違う気持ちで自分を見ることが出来た、そんな夜会だった。
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