85 / 168
安定の可愛さ
しおりを挟むその後、アンドレはしばらく使いものにならなかった。
エウセビアへの愛の告白で力を使い果たしてしまったらしい。
それにしても。
『す、す、す、す、す、す、す、す、す、好き、だ・・・・』
一体、何個「す」を言えば気が済むのだろう。
何とも可愛らしい、そして間の抜けたアンドレの告白を、エウセビアはそれでも嬉しそうに聞いていた。
まあとにかく、全力で己を燃やし尽くして、今アンドレは灰になっている。
明後日にはジョルジオが話し合いにやって来るんだけど。
それまでには何とか回復して欲しいものだ。
でも、アンドレが現状再起不能という状態のお陰で、今の僕はアデラインとの二人きりの時間を再び満喫出来ている。
そういう訳で、現在まったりと二人でお茶を飲んでいたりして。
それだけは良かった、うん。
アデラインはカップを手元に置くと、午前の出来事を思い出したのか、微かに笑った。
「・・・でも、あれはあれでドラマチックだったわ」
「え? あの決闘にまつわる云々が?」
エウセビアの反応が珍しいだけだと思ってたのに。
実はあんな斜め上な台詞が、今どきの令嬢にはウケると言うのか?
「ふふ、残念だけどそちらではないわ。あの雪合戦のエピソードの方よ」
「・・・ああ。雪玉を執拗にぶつけてくる子から庇ってあげたって言う。まあ、やった事そのものは紳士的だけど、その間ずっと腕組みして睨みつけてたって話じゃないか。そこは気にしないの?」
「エウセビアさま狙いでやった訳ではない、というのが却って印象に残ったのではないかしら」
「・・・なるほど」
好きな子相手に格好つけたのではなく、ただ泣きそうになってる女の子を庇っただけ。
「それが乙女心ってやつなのかな」
「そうですね。ええ、その乙女心というものだと思いますわ、セシリアンさま」
ふふ、と笑って丁寧に答えるアデラインに、僕はちょっとだけ不安を覚えて、つい思った事を口にする。
「もしかしてアデラインもぐっと来ちゃった?」
「え?」
驚いて目を丸くするアデルに、僕はそれまで手にしていたカップをテーブルに戻し、そっと隣の席に移動した。
「アデルも・・・アンドレの隠れた魅力に気づいちゃった、とか、あるかな、なんて」
「まあ、セスったら」
冗談、そう思ったのだろう。くすくす笑っていたアデラインは、でもすぐに僕の眼を見て真面目に言っている事に気づいたようだ。
「あのね、セス」
カップをソーサーに戻し、アデルは僕の方へと体を向けた。
「わたくしね、ずっと恋が怖かったの。誰かに恋をして・・・その人なしでは生きられない程に強く焦がれて、それまでの自分とは全く違う人になってしまう、そんな強い感情を知ることが」
その言葉に、義父の姿が浮かぶ。
それはきっと、アデラインも同じ筈。
だってその瞳は少し陰っている。
「そんな感情、一生知らなくていい、ずっと知らないままでいたい、そう思っていたわ。だから、たとえ家のために結婚することになったとしても、決して相手に恋はしない。そう心に誓っていたの」
そっと手を伸ばし、僕の手に重ねた。
そして柔らかく包み込む。
「会って直ぐに貴方に酷いことを言ったわ。他に素敵な方を見つけてって。だって貴方は・・・とても素敵な男の子だったから」
「アデライン」
「わたくしがぐっと来たのは、貴方だったの、セス。アンドレさまではなく、貴方よ。・・・でも」
アデラインは俯いた。
瞼も伏せて、その美しい紫が見えない。
「惹かれるのが怖かったの。信じて、突き放されるのが怖かったの。何とも思っていない相手から冷たくされるのと、好きな人から拒絶されるのとでは余りに違いすぎる、から」
だから、と呟いたアデルの声は少し震えていた。
「最初から、初めて会った時から、セ、セスが、セスのこと、素敵で、わたくしにはもったいないって、ちゃんと愛してあげられる人と結ばれてほしいって」
「・・・僕は、アデラインから愛されたいけどな」
「・・・ええ」
「僕は、アデラインが好きだよ。よく知っていると思うけど」
「・・・ええ」
「愛してる」
「ええ・・・わたくしもセスが好き・・・愛してる、わ・・・」
「アデライン・・・ッ」
こうしてアデラインが「愛している」と言葉にしてくれたのは初めてじゃないだろうか。
僕は、アデラインを思いきり抱きしめた。
腕の中にすっぽりと収まったアデラインは、赤くなった顔を隠すためなのか、僕の胸に顔を押しつけている。
アデライン、それ逆効果。
ああ。
僕のアデラインは、今日も安定の可愛らしさだ。
1
お気に入りに追加
389
あなたにおすすめの小説
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
私は、あいつから逃げられるの?
神桜
恋愛
5月21日に表示画面変えました
乙女ゲームの悪役令嬢役に転生してしまったことに、小さい頃あいつにあった時に気づいた。あいつのことは、ゲームをしていた時からあまり好きではなかった。しかも、あいつと一緒にいるといつかは家がどん底に落ちてしまう。だから、私は、あいつに関わらないために乙女ゲームの悪役令嬢役とは違うようにやろう!
この裏切りは、君を守るため
島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる