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知らないだけ
しおりを挟む「お二人とも素敵でしたよっ!」
ダンスが終わって、フロアの端に寄れば、そこには嬉しそうに目を輝かせるサシャがいた。
ふふ、相変わらずの安定した懐きっぷりだ。
まあ、僕たちはこのテンションの高さにはもう慣れたけど、未だ苦手意識のある人たちもいるんだよね。
そう、たとえば僕の兄たちとか。
こういう夜会の場では、兄たちとも会う機会があるんだけど、見ているとどうもサシャとの関係はギクシャクしたままのようだ。
僕たちを巻き込むような騒ぎを起こした張本人だから、兄たちが警戒するのも分かるんだけどね。
・・・きっと、あの人も今、そんな感じなのかな。
僕たちより少し離れたところに佇む、以前貴族年鑑の写真で覚えた人物が視界に映った時、そう思った。
さっきからずっと、眉間に皺を寄せてこっちを見ているよ。
お前は気づいてるかな、アンドレ。
「・・・少し暑いな。飲み物をもらって、バルコニーにでも行こうか」
「それはよろしいですわね。ここは人の目も多くて緊張しますもの」
「そうですわね。あまり注目も集めたくありませんし、参りましょうか」
僕の提案に、エウセビアは笑いながら同意した。
うん、彼女は気づいてるね。
あれ、でも珍しい。アデラインも気がついた?
気づいてないのはお前だけか、アンドレ。
やっぱり、お前は並大抵の鈍感力じゃないようだ。
さて、ちょっと場所を変えて。
それでもまだ、あの人がこちらの様子を伺ってくるかを見てみよう。
「これこれっ、このワインです。うちの商会のイチオシの品はっ! もう香りが違うんですよ。ぜひ試してみてください!」
うわぁ。サシャがいると、緊張感が削がれるな。
いや、確かに美味しいワインだとは思うけどさ。
「これは販権を手に入れるのに苦労したんですよ~。なにせ最近では一番の人気商品ですから」
あ、でも、こういう時、サシャがいるといいかも。
色々と話を回してくれるから、周囲を観察したい時にもの凄く助かる。
あ、いやその、話を全然聞いてないとか、そういうんじゃないよ?
ただ周囲の目を誤魔化しやすいというか、うん。
僕はグラスを口につけながら、ちらりとホールの方に視線を向ける。
・・・あ。
ああ、やっぱり。
間違いない、こっちを見ている。
う~ん、どうしたらいいのかな。
あの様子では、今夜すぐにとは言わないまでも、いつか苦言を呈しにやって来そうだ。
・・・まあ、気持ちは分かるけど。
あの人は、アンドレたちがフリをしてるだけって事を知らないんだから。
期限を決めて、それが終わった後は、貴族としての自分たちの責務を担うつもりでいるって事を、まだ知らされてないんだから。
義弟が何か問題を起こすのではないかと、恋に溺れているのなら早く目を覚ましてくれと、そう願っているだけなんだろうだから。
そうだよね?
ジョルジオ・デュフレス令息。
アンドレのお義兄さん。
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