上 下
61 / 168

今日は楽しいショッピング

しおりを挟む


「結局アンドレの奴、エウセビア嬢の提案に乗ることにしてたけど、本当に大丈夫かな」

「わたくしも心配ですわ。でも、もしお二人ともまだ婚約をしたくないのだとしたら、確かにあの方法しかないのかもしれないとも思ったの」


こんな話をしながら、僕とアデラインは、今、街中をぶらぶらと歩いている。


もちろん護衛は付いてるよ。少し離れてもらってるけどね。


今日は、息抜きを兼ねて屋敷を出て来たのだけれど、ちょうどアデラインも欲しいものがあったんだって。

だからまずは、そっちのお店に向かってるんだ。


そしてその後は、今日の目的である僕の買い物に付き合ってもらうつもり。


そう。

実は、アデラインに僕の服を見繕ってもらおうと思ってるのだ。

アデラインの好みはよく知っているつもりだけれど、それは主に彼女が着る服とか食べ物とか本とかの話。


だから今回は、僕の服をコーディネートしてもらう事で、アデライン好みの服装をしようと、そう思った訳だ。


たまには別のアプローチも考えないとね。


まずはアデラインの買い物を済ませて、そして満を持して向かったのは、某有名紳士服店。


礼服とか式服とかも勿論あるけれど、普段使いにもできる様な、ちょっとだけお高い服とかも売っているのだ。


護衛は店の入り口前に待機してもらい、さっそくニ人で中に入る。


「いらっしゃいませ。どのような品をお探しですか?」

「普段使いで着られるようなシャツやズボンを探しているのですが」

「それでしたら二階のフロアになります」


案内を受けて階段を上りながら、アデラインにそっと耳打ちする。


「約束通り、アデルが僕の服を選んでくれるんだよね?」


そこが大事なポイントだから。

アデラインはにっこりと笑って頷いた。


「勿論よ。わたくし、昨日からずっと楽しみに考えていたのよ? セスは何色が一番似合うかしらって」

「本当?」


昨日からずっと僕のことを考えていてくれたの?


その言葉に、思わず胸が跳ねた。


「ええ。セスは白が似合うわ。それに、きっと暖色系の色もよく合うと思うの。例えば伽羅とか檸檬とか、あと桜色も」

「暖色系か。あまり手に取った事がない色かな」


あまり自分の服装には頓着しないから、選ぶ色といえば白か黒か灰色の三択だ。


「絶対に似合う筈よ・・・ほら、鏡を見てごらんなさい?」


アデラインはラックに掛かっていた伽羅色の一着を手に取り、僕の首元に当てると満足そうに頷いた。


じっと見つめる視線に、顔が赤くなっていくのが分かる。

僕を見ている訳じゃ、ない。

ただ服が似合うかどうか、確かめてくれてるだけ。

そんなのよく分かってるよ。

なのに、それでも僕に注がれる視線が嬉しくて、浮かれそうな自分を懸命に落ち着かせる。


「こっちの色も、ほら。とても似合うでしょう? セスは心の温かな人だから、暖色系のこの色は貴方にぴったりよ」

「・・・」


狼狽えるな。

これはコーディネートの一環で、褒めてくれてるだけ。

他意はないんだから。


「装飾もあまり無い方がいいと思うの。セスはとても整った綺麗な顔立ちをしているから、シンプルにまとめた方が、貴方の美しさが際立つ筈よ」

「・・・」


誤解しちゃダメだ。

アデラインは天然だそ。


「ああほら、やっぱり。とてもよく似合ってるわ。きっと道ゆくご婦人方が皆、振り向くわよ。あの素敵な殿方はどなたかしらって」

「・・・」


ダメ、もう無理。

もう限界。


僕は頽れて床に手をついた。


「セス?」


無自覚なのが本当に困る。


「どうしたの? そんな・・・手で顔を覆ってしゃがみ込んで・・・どこか具合でも悪いの? もしかして無理をしていたのかしら?」


頭上から降り注ぐ焦った声に、ひっそりと息を吐き、火照った頬と胸打つ鼓動を必死で治める。


不意打ちもいいとこだよ。そんな。

そんな手放しで褒めるんだから。


ああもう。

心臓が止まるかと思ったじゃないか。


そうして僕は、アデラインお薦めの暖色系コーディネートを全て買い上げることに決め、今後は日々その組み合わせを実践することにしたのだった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【書籍化決定!】その公爵令嬢は、殿下の秘密を宿す

秋津冴
恋愛
 義母たちに遺産を奪われ国外追放されたセナ。  とある王国の高級リゾート地で、ホテルの清掃係として働いていた。  ある日、幼馴染だった帝国貴族のミアがホテルに宿泊し、いきなり病に倒れ伏してしまう。  友人として仕事の合間にミアの部屋へと、たびたび顔を出していたセナは、親友から驚きの贈り物を受け取る。 「自分は参加できないから貴方に貰って欲しいの」、と渡されたそれは、このホテルで開催される仮面舞踏会のチケットと仮面、そして豪奢なドレスだった。  スタイルも容姿もよく似ているセナは、確かにミアの代理を務められそうだった。  かつて馴染みのある社交界に、今夜だけでも戻ることができる。  セナは内心で嬉しさがこみ上げてくるのを、抑えきれないでいた。  噂では王国の王太子殿下の妃候補を選ぶ場所でもあるらしい。  新聞やホテルのロビーに飾られている人物画で見知っただけの彼に声をかけられたとき、セナの心は思わず、踊った。  ダンスを踊り、一夜だけの夢を見て、セナは彼に身も心も捧げてしまう。  そして一夜が明け、普段の自分にもどる時間がやってきた。  セナは正体を知られる前に、彼の元から姿を消す。  殿下の秘密を宿しているとも気づかずに。 〇前半をヒロインと殿下との出会いとしているため、ヒロインが不遇になった理由などは中盤になっております。  継母と義姉たちへのざまあ回は、後半のラスト近くなりますが、ヒロインにはハッピーエンドを用意しておりますので、お付き合いいただけると幸いです。  他の投稿サイトにも掲載しています。  7/26 一部を改稿しました。      HOT13位入りました。ありがとうございます!  7/28 HOT 4位入りました。  7/31 HOT 2位入りました。 8/ 1 2400 お気に入り、ありがとうございます! 8/13 2900 お気に入り、ありがとうございます! 11/15 一部を改稿しております。  2024年10月3日 書籍化が決定しました。

渡り人は近衛隊長と飲みたい

須田トウコ
恋愛
 20歳になった仁亜(ニア)は記念に酒を買うが、その帰りに足湯を通して異世界転移してしまう。 次に目覚めた時、彼女はアイシスという国の城内にいた。 その日より、異世界から来た「渡り人」として生活しようとするが・・・  最強の近衛隊長をはじめ、脳筋な部下、胃弱な部下、寝技をかける部下、果てはオジジ王にチャラ王太子、カタコト妃、氷の(笑)宰相にGの妻、下着を被せてくる侍女長、脳内に直接語りかけてくる女・・・  あれ、皆異世界転移した私より個性強くない? 私がいる意味ってある? そんな彼女が、元の世界に帰って酒が飲めるよう奮闘する物語。  ※一話一話は短いと思います。通勤、通学、トイレで格闘する時のお供に。  ※本編完結済みです。今後はゆっくり後日談を投稿する予定です。 更新については近況ボードにてお知らせ致します。  ※なろう様にも掲載しております。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

処理中です...