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それは政略結婚
しおりを挟む10歳で初めてセスと会った時は、養子になった経緯について詳しくは知らなかった。
父からは当然何も知らされていなかったし、ショーンも余り深くは説明しなかった。
ただ、ある日突然父が男の子を連れて現れ、セシリアンという名のその子が将来私の旦那さまになるのだとだけ聞かされた。
ここでの生活に慣れるため、また後継として教育するために、まずは養子として迎える事になった、と。
そんな必要最低限の説明で納得したのは、当時の私が説明されない事に慣れきっていたせいだろう。
母が亡くなり、父の姿が見えなくなってからというもの、それまでこの家に満ちていた光と色彩は消え、以降ずっと寒々しい日々を過ごしていた。
楽しいことも、嬉しいこともない。
驚くようなことも、胸がドキドキするようなことも。
ただ眠って、起きて、勉強して、食事をして、休む。
それだけの毎日を淡々と過ごしていた。
だから、ショーンを通して父の決定を知らされた時も別に何とも思わなかった。
ああ、いわゆる政略結婚というものね。
そう思っただけ。
丁度いいと思った。
感情も愛情も伴わない利益に則った結婚。
私にぴったりだ。
むしろ、そんな相手の方が安心して一緒にいられる。
でも、初めて対面した時、笑顔で笑いかけるセスを見て心配になった。
にこやかな笑顔に、優しい声。
細やかな気遣いに、柔らかな物腰。
家族に愛されて育ったのが良くわかる。
そう思って、そこでやっと気がついた。
この家に来るまで、彼はどこにいたの?
孤児院から引き取ってきた訳ではない事は知っている。
確か親戚の家だと言っていた。
では、セスに家族がいたのだ。
本物の家族が。
誕生日が二日違いだから、私がセスのお義姉さんということになって。
こうして私には、将来は旦那さまになる予定の義弟が出来た。
笑って右手を差し出すセスに、私は申し訳ない気持ちで手を握り返した。
笑顔で話しかけられても、どうしていいか分からなかった。
ごめんなさい。
貴方の本当のお父さまとお母さまから引き離してしまった。
きっと貴方を大事に思ってくれる人たちだったのでしょう。
兄弟はいたのかしら、姉妹は?
今頃、どうしてセスがいないのかと騒いでいる弟妹がいるかもしれない。
いや、もしかしたらセスだって。
笑っていても本当は家族が恋しくて、誰もいないところで泣いているかもしれない。
そう考えると、どうしても上手く笑えなくて、声がつかえて、結局、俯いてしまった。
でも顔合わせが終わって部屋に向かうセスをどうしても安心させたくて、せめて謝りたくて、勇気を出して後を追いかけた。
急に呼び止めた私を、セスは驚いたように見つめ返す。
まん丸に見開いた鳶色の瞳を見て、綺麗だな、なんて全然関係ないことを考えたっけ。
父と同じ色の筈なのに、何故か全然違う色に見えた。
不思議そうに首を傾げるセスに、心からの謝罪の気持ちを込めて私はこう言ったのだ。
「ごめんなさい、父に無理やり私の婚約者にさせられたのでしょう? 心配しないで、私は誰とも結婚するつもりはないの。貴方の邪魔は絶対にしないと誓うわ。だから貴方は好きな人を見つけて、その人と幸せな結婚をしてね。勿論、この家を継ぐのも貴方でいいわ。私は一生ひとりでいるつもりだから」
だから安心してね。
そしてごめんなさい、貴方をノッガー家の事情に巻き込んで。
でも、貴方は逃げていいの。
そんな気持ちを言葉に込めた。
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