上 下
26 / 168

それは政略結婚

しおりを挟む

10歳で初めてセスと会った時は、養子になった経緯について詳しくは知らなかった。


父からは当然何も知らされていなかったし、ショーンも余り深くは説明しなかった。


ただ、ある日突然父が男の子を連れて現れ、セシリアンという名のその子が将来私の旦那さまになるのだとだけ聞かされた。


ここでの生活に慣れるため、また後継として教育するために、まずは養子として迎える事になった、と。


そんな必要最低限の説明で納得したのは、当時の私が説明されない事に慣れきっていたせいだろう。


母が亡くなり、父の姿が見えなくなってからというもの、それまでこの家に満ちていた光と色彩は消え、以降ずっと寒々しい日々を過ごしていた。


楽しいことも、嬉しいこともない。
驚くようなことも、胸がドキドキするようなことも。


ただ眠って、起きて、勉強して、食事をして、休む。


それだけの毎日を淡々と過ごしていた。


だから、ショーンを通して父の決定を知らされた時も別に何とも思わなかった。


ああ、いわゆる政略結婚というものね。


そう思っただけ。


丁度いいと思った。

感情も愛情も伴わない利益に則った結婚。


私にぴったりだ。


むしろ、そんな相手の方が安心して一緒にいられる。


でも、初めて対面した時、笑顔で笑いかけるセスを見て心配になった。


にこやかな笑顔に、優しい声。

細やかな気遣いに、柔らかな物腰。


家族に愛されて育ったのが良くわかる。


そう思って、そこでやっと気がついた。


この家に来るまで、彼はどこにいたの?


孤児院から引き取ってきた訳ではない事は知っている。

確か親戚の家だと言っていた。


では、セスに家族がいたのだ。

本物・・の家族が。



誕生日が二日違いだから、私がセスのお義姉さんということになって。


こうして私には、将来は旦那さまになる予定の義弟が出来た。


笑って右手を差し出すセスに、私は申し訳ない気持ちで手を握り返した。


笑顔で話しかけられても、どうしていいか分からなかった。


ごめんなさい。
貴方の本当のお父さまとお母さまから引き離してしまった。


きっと貴方を大事に思ってくれる人たちだったのでしょう。


兄弟はいたのかしら、姉妹は?

今頃、どうしてセスがいないのかと騒いでいる弟妹がいるかもしれない。


いや、もしかしたらセスだって。

笑っていても本当は家族が恋しくて、誰もいないところで泣いているかもしれない。


そう考えると、どうしても上手く笑えなくて、声がつかえて、結局、俯いてしまった。


でも顔合わせが終わって部屋に向かうセスをどうしても安心させたくて、せめて謝りたくて、勇気を出して後を追いかけた。


急に呼び止めた私を、セスは驚いたように見つめ返す。


まん丸に見開いた鳶色の瞳を見て、綺麗だな、なんて全然関係ないことを考えたっけ。


父と同じ色の筈なのに、何故か全然違う色に見えた。


不思議そうに首を傾げるセスに、心からの謝罪の気持ちを込めて私はこう言ったのだ。


「ごめんなさい、父に無理やり私の婚約者にさせられたのでしょう? 心配しないで、私は誰とも結婚するつもりはないの。貴方の邪魔は絶対にしないと誓うわ。だから貴方は好きな人を見つけて、その人と幸せな結婚をしてね。勿論、この家を継ぐのも貴方でいいわ。私は一生ひとりでいるつもりだから」



だから安心してね。


そしてごめんなさい、貴方をノッガー家の事情に巻き込んで。


でも、貴方は逃げていいの。



そんな気持ちを言葉に込めた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】就職氷河期シンデレラ!

たまこ
恋愛
「ナスタジア!お前との婚約は破棄させてもらう!」  舞踏会で王太子から婚約破棄を突き付けられたナスタジア。彼の腕には義妹のエラがしがみ付いている。 「こんなにも可憐で、か弱いエラに使用人のような仕事を押し付けていただろう!」  王太子は喚くが、ナスタジアは妖艶に笑った。 「ええ。エラにはそれしかできることがありませんので」 ※恋愛小説大賞エントリー中です!

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

処理中です...