35 / 43
光を見る日はアリアドネの
しおりを挟むジョーセフからの手紙を読んだアーロンは、急いでヨバネスを遣わした。
本当は自ら精霊の森に駆けつけたいが精霊の泉への往復は丸一日かかる、日々激務に追われるアーロンが急に予定を空けられる筈もなかった。
それに、今から都合をつけて泉に行ったとして、アリアドネに会える保証もない。
実際、前にアーロンがジョーセフを連れて行った時は何も見えなかった。
そもそもの話、ジョーセフが森の家に移って半年近くになるが、その間毎日泉に行っていたのに、その小さな光を目にする事はなかった。
それに、ジョーセフが光を見たという日は―――
「・・・義姉上の命日だ」
アーロンは、デンゼルからの手紙を思い出した。
彼が小さなアリアドネを見た日も、彼女が亡くなった日だった。
では昨年と一昨年も、誰も泉に行かなかったから気づかなかっただけで、アリアドネは小さな光となって泉の上を舞っていたのかもしれない。
「そうか・・・義姉上は毎年・・・兄上はそれを見る事ができたのか・・・」
自由に動けない身を恨めしく思いつつ、アーロンは報告を待った。
夕方近くにヨバネスが戻ったと聞き、アーロンは執務を終えた夜遅くに彼を呼び、仔細を聞いた。
2日前、アリアドネの命日であったその日、ジョーセフはいつものように朝に泉を訪れたという。
その時の泉はいつもと同じ静寂に包まれ、波紋ひとつ立っていなかった。
ジョーセフが異変に気づいたのは、夕方近くになってから。
木の実取りから戻る途中、泉の方角が微かに光って見えたらしい。
不思議に思ったジョーセフは、泉へと足を向け。
そして見たのだ。
水面上を舞うように浮遊する、たくさんの小さな光を。
アーロンはもはや涙を堪える事ができなかった。
「アリアドネ・・・義姉上・・・」
ひとしきり泣いた後、彼は侍従を遣わし大臣へと知らせを送った。
『翌年のアリアドネの命日に、慰霊の為に精霊の泉を訪れる』と。
この知らせに、1年近く先の予定ではあるが議会は揉めた。
泉に行くだけならまだよかった。
けれど、アーロンが希望した時間は午後の3時過ぎ。
泉から森の入り口まで戻るには半日かかる、つまりその日その時間に泉を訪れたいのなら、その後に危険な夜間の移動を敢行するか、森で夜を過ごすしかない。
今はジョーセフが住むかつての管理小屋はあるが、少しは環境が改善されたとはいえ国王を泊めるに相応しい場所である筈もない。
だが、アーロンは譲らなかった。
騎士たちと一緒に野営で構わないとまで言い出し、大臣たちを困惑させた。
粘って、折衝して、互いに意見を言い合って。
最終的に議会側が折れた。
そして翌年―――
「ろくな宿泊施設もないのだけれど、本当に君も来るつもりかい?」
困り顔でそう尋ねるのは、アーロンだ。
「あら、もちろんですわ。大切な公務ですもの。寝る所など気にしたりしません」
返事をしたのは、4か月前に輿入れしたアーロンの妻ソニア。
トラキアの反対側に位置する隣国テマスから嫁いだ第三王女で、アーロンより6つ年下の20歳。
気が強い彼女は気弱なところのあるアーロンを上手く補っており、かなり年下にも関わらず、夫は既に尻に敷かれ気味である。
そんなソニアは、侍女たちから聞いたのか、ひと月前に精霊の泉への慰霊訪問について知り、それからずっとアーロンに同行を願っていた。
「今も国民の間で語り継がれる前正妃さまの慰霊なのでしょう? 陛下の義理の姉に当たる方ともお聞きしています。義妹として、きちんと挨拶に伺わなくては」
「そ、そうか。いや、だが・・・」
自分だけなら野営も辞さぬと強気で議会を説得したアーロンだったが、新妻をそんな目に遭わせるつもりは毛頭なかった。
実際にはアーロンのみ森の家に泊まり、護衛騎士らは野営すると決まっていたが、隣国の元王女である王妃を、改装したとはいえ元管理小屋に一泊させるのは憚られる。
そう説得しようとしてもソニアに引く様子は一切なく、最終的には押し切られて同行が決まった。
―――それが予想もしない出来事につながると、誰もこの時は想像もつかず。
~~~
更新優先でコメント返信できてません。ごめんなさい。(でもありがたく読ませていただいております)
あと数話の予定ですので、よろしくお願いします。
146
お気に入りに追加
4,052
あなたにおすすめの小説
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
彼が愛した王女はもういない
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。
どちらも叶わない恋をした――はずだった。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全11話です。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
[完結]本当にバカね
シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。
この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。
貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。
入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。
私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる