【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮

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その夜に起きたこと

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話は1日前、王国全土を闇が包んだ時に戻る。


誰もが予想しなかった闇と雪は、クロイセフ王国の全ての者を驚かせた。


その瞬間までタスマに切りかかっていたジョーセフ然り。

痛みに呻きながらも起死回生の機会を窺っていたタスマ然り。

泉のほとりで娘への懺悔を口にしていたデンゼル然り。

そして、兄王に退位を迫るべく行動を起こしていたアーロンもまた然りであった。


タスマのいる西の塔にジョーセフが向かったとの報告を受け、一時いちどきかたをつけようとアーロンは自分についた騎士たちを動かした。
だが、その時に突然の闇が王国を覆った。

そして気づいたのだ。
終わったと思っていた精霊王の裁きが、まだ続いていることに。


結果、アーロンは計画変更を余儀なくされる。

当初はカレンデュラを投獄し、兄ジョーセフに退位を迫り、タスマの事は多少時間がかかろうとも最終的に毒杯に持ち込むつもりだったが、もはやそんな時間の猶予はない。


アーロンの中で、最優先事項がカレンデュラとタスマの処刑に定まる。

けれどそれは、その場にいたジョーセフにまず阻まれた。

次いで、後から現れた宰相からも横やりが入った。

アーロンは城内の一斉制圧を目指して騎士たちを散開させていた。それが仇となり、宰相が引き連れていた騎士たちの数が勝ってしまった。


宰相の王統至上主義も、アーロンの誤算の一つだった。

王の血の維持存続、それを命題とする臣下は多い。
時に罪を犯した王族が、血の存続の為にひっそりと生かされるのはよくある話だ。そう、タスマのように。

だが宰相の思考はアーロンの理解を越えていた。
分かったつもりでいたが、あくまで『つもり』だったとアーロンは痛感した。

西の塔で血まみれのタスマを前にした宰相に言葉が通じなかったからだ。


これ以上言い募っても無駄にタスマの警護が厳重になるだけ。
故にアーロンは黙り、タスマの保護を許した。

そしてまず、カレンデュラを処刑した。当然だが、それだけで雪は止まなかった。


タスマは治療の結果、深夜近くになってようやく容体が落ち着いた。

それに安堵した宰相は、城内の自分に当てがわれた部屋に一旦下がった。

その夜は多くの者たちが雪の為に自邸に戻れず、城内に留まり休んでいた。宰相もその一人だった。

アーロンが早々に宰相との話し合いを諦めたせいか、タスマの部屋に配置された護衛は僅か2名のみだった。その2名をアーロンの配下の者と入れ替えてしまえば、後は行動に移すだけ。

そうして、あっさりと深夜の1時すぎにタスマの首は切り落とされた。

果たしてアーロンの予想通り、タスマの首が胴体から離れたその瞬間に雪はぴたりと止んだ。

恐らくはそうであろうと思っていたアーロンも、彼に付いていた騎士たちも、その瞬間は思わず安堵の息を漏らした。



半日ほどで止んだとはいえ、その時刻まで凄まじい勢いで降り続いた雪は、足首が埋まるほどになっていた。
だがその雪も、数日もしないうちに綺麗に解けて消えた。


雪が早くに止んだ事を多くの者たちが知るのは、夜が明けてから。澄み渡った空に輝く太陽が昇ってから。


だがアーロンには、まだやるべき事が残っていた。まずは民を安心させねばならない。


王都の広場にて民に事情を説明すべく、アーロンは各部署に指示を送った。

かなりの者たちを既に味方につけていた為、動くのは容易かった。

いや、今回の成功に関しては、闇と雪の為に城で働く者たちのほぼ全員が城内に留まっていた事が大きいだろう。

宰相やジョーセフは勿論、タスマやカレンデュラの息のかかった者たちについても、夜のうちに部屋ごと封じ込めてしまえば済んだからだ。


話し合いも、断罪も、処分や処断も全て後回しにして、アーロンはまず民のところへ、不安と恐れで一杯であろう民に事態の説明に向かった。


共に行く騎士たちの手にあるのは、2つの布袋。

血の滲むそれに入っているのは、精霊王が裁きを求めた2人の罪人の首である。







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