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そこまで私は
しおりを挟む―――精霊王の裁き―――
ジョーセフ王が口にしたのは、クロイセフ王国に伝わる古い、古い言い伝えだった。
王城の裏にある広大な森。王家が管理するその森の奥深くに、『精霊の泉』と呼ばれる小さな美しい泉がある。
その泉の奥底には精霊王が住んでおり、彼は人の心が読めると言われていた。
故に、罪人の罪科の有無が分からない時は、精霊王に訊ねればよい。そうすれば真実が明らかにされる―――それが『精霊王の裁き』だ。
泉の主である精霊王に罪の有無を訊ねる方法は、王が住まう泉にその者が身を投げること。
精霊王がその者の罪を認めたならば、その身体は水面へ浮き上がる。逆に無罪であれば、その者の身体は泉の底に沈む。そして二度と浮かんで来ない。
―――浮かべば有罪で処刑、沈めば無罪―――けれど、泉の底に沈んだ者が生きている筈がない。
そう、精霊王の裁きの結末はいずれも死なのだ。
『精霊王の裁き』と名称こそ知れ渡っているが、実際に精霊王の裁きが施行されたという公的な記録はない。
ある訳がない。
これは根拠も確証もない、残酷なお伽噺なのだから。
だが、ジョーセフはそれを実行せよと言う。
アリアドネをただ処刑するに飽き足らず、精霊王に罪人と裁かれた上で殺したいのだろう。
そうして、アリアドネが希代の悪女だと全国民に知らしめたい、その名を忌まわしいものとして後代に刻んでやりたいと。
・・・ああ。
そこまで察して、アリアドネは嘆息した。
もう何度流したか分からない涙がぽろぽろと零れる。
嫌われているとは分かっていたけれど、そこまで。
そこまで私は、あなたから憎まれていたのですね。
妻の瞳からはらはらと零れ落ちる涙に一瞥もくれる事なく、ジョーセフは冷たくただひと言、罪人を引っ立てよと言った。
陛下、と再び叫ぶ父デンゼルの声が聞こえた。
咄嗟にアリアドネは父を見つめ、首を左右に振る。
父を、一族を巻き込んではいけない。
だって父はあの時、私を連れて帰ろうとした。
仮初の結婚を終えた時、果たすべき役は終えたと父は私に告げたのに。
それに逆らったのは私。
彼の妻でいたいと願ったのは私。
あの時帰らなかった結果が今なのだ。
殺されると決まっているのなら、それならせめて私ひとりで。
それが父に逆らった私の、愛してはいけない人を愛した私の罰だから。
だから、アリアドネは無言でただ首を横に振った。
何度も、何度も。
「アリア・・・ッ」
父の、どこか呆然とした声が聞こえた。
いつも泰然と構え、狼狽えるところなど一度たりとて他者に見せた事がない。
そんな父が初めて溢した、か細く、震える声だった。
翌日、アリアドネは精霊王の裁きを受けるべく、城を出立した。騎士たちに囲まれ、両手首に枷を嵌められて。
警護の騎士10数名と、裁判官が2人、そして大臣が3人。
同行するのはそれだけ。
ジョーセフは行かなかった。
ただ報告だけを持って帰ってこいと大臣のひとりに告げた。
デンゼルが行く事も許さなかった。
娘に情けをかけ、逃亡を手助けする恐れがあるからと。
父娘の最後の別れの言葉を交わす時間すら、許されなかった。
アリアドネ・クロイセフ―――クロイセフ王国ジョーセフ王の正妃はその日、王の命令に従い、精霊王の裁きを受けるべく王家所有の森へと向かった。
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