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100日目―朝日を愛しい人と共に―

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―――不自然なほど妨害がなかった。
 逃走経路のセキュリティは掌握していたが、それにしたって生身の警備兵に1人も出くわさないのは幸運を通り越して薄気味悪い。
 そうは言っても他に取る行動があるわけでもなく、梓と蛍は研究所を飛び出して、真っ暗な夜道を逃げ走っていた。
「うーん、やっぱり気になるなあ。……何だったんだろうさっきのログ」
「梓……あんた、ねぇっ! 今度、絶対、運動、しなさい、よっ!」
 実際に走っているのは蛍1人だった。
 階段を登り切るだけでへたり込んでしまった梓を抱えて、息の切れ目で悪態をつく。
「くっそ……、この、駄肉削ぎ落すわよっ!」
「ええー、いいじゃんかよぅ。梓ちゃん初めてのお姫様抱っこだぜ」
「TPOの全部が最悪! 本当に車使えなかったの⁉」
「さすがに発信機の有無までは知らないから……」
「役立たずっ!」
「あうっ! で、でもでも! ちゃんと追跡網とか市井の監視カメラとの同期システムはぶっ壊してきたから、町中に逃げちゃえば勝ちだよほら有能!」
 ざっくり心に深いのを突き刺されて必死に言い訳する梓を抱いたまま、蛍は延々と走る。
 車道を走り、途中何度か歩行者専用道路も使って逃げ続けること2時間ほど。
 体感的には10キロぐらい研究所から離れて、蛍は梓を雑に下ろす。
「ちょ、っと……きゅ、休憩っ」
「お疲れちゃーん。蛍ちゃんの匂いいっぱいで幸せだった。またして」
「しばらくやだ……」
 研究所周辺の整備された道路を抜けて、最寄りの街の光が届くぐらいの距離まで到達し、蛍はガードレールに体重を預ける。
「とりあえず、ここまでくれば、一休みしても良いわよね」
「分岐も結構あったし、あそこ人手不足だから、ランダム捜索だったらここに追手が来るまで最短でも3時間はかかると思う」
「そう、よかった……、それで、どうしようか。これから」
 この疲労をひっさげたままさらに果てのない重りつきマラソンは絶対に無理。
 そう思いつつも、蛍は頭を抱えた。
―――無一文なのよね、私たち。
「私の家、帰ってもいいかな」
「本気で言ってないよね。絶対見張りいるよ」
「……冗談よ。それで、結局何持ってきたの」
 梓は、白衣とスウェットのポケットを漁って、いくつか持ち出してきたものを取り出した。
「えっと、持てるだけの不感剤と、あと現金を少々」
「いくら」
「ざっと100万ぐらい」
「ひゃ、……は?」
「………やっぱ少ない? 宿代ぐらいにはなるかなと思ったんだけど」
「いや逆。十分すぎて笑えてくるわよ」
 さてはこいつ、本当に無知なんだな。
 とはいえとりあえず急場の現金は何とかなりそうで、蛍は再び梓を抱き上げた。
「うわっ! ちょ、っと心の準備というかさっ」
「舌噛むわよー」
「ぎゃっ!」
 わざと荒っぽく揺らして、再び走り出す。とりあえずもう目についたホテルに駆け込んで座りたかった。

■■■

 深夜帯に開けているホテルなんて、ソレ用のものしかない。
 まだ日の出の気配のない深夜帯。
 とりあえず目についたラブホテルに駆け込んで、蛍はベッドに頭からダイブした。
 汗だくの不快感をそのままに、梓に浴室を指さす。
「先、シャワー浴びていいわよ。……ちょっと休ませて」
「ええー。一緒に入ろうよう」
「明日ね、明日から」
 なんだかテンションの高い梓に、ごめん明日からはちゃんと相手するから、と心の中で謝って、なおざりに返事をする。
 しかし。
 ぶーぶー言いながら風呂に入っていく梓を見送って、しばらくぐったりとしていた蛍だったが、じわじわと下腹部からせりあがってくるものに頭が少しずつ染められていた。
―――もしかして、薬、きれる………?
 1錠分を二人で分け合ったのだから、効き目が切れるのが早いのは違和感がない。
 でも、それにしたってこのタイミングは、というかこの疼きはまずい。蛍の疲労だって相当なものだし、梓だって実際は疲れているはずなのに。
 感覚が復活してきて、擦れて変な声を出しそうになるジャージを脱ぐ。
 薄いローブを羽織ったところで、控えめな声がバスルームから聞こえてきた。
「……蛍ちゃーん、その、着替えとか、ないの?」
 そして、恥ずかしげにバスタオルで前を隠して出てきた梓を見て、蛍はぷつんと頭の線が一本切れたのを確かに感じた。
―――あ、……無理だ。
「ないよ」
 しれっと嘘をついて、蛍はローブと下着を脱ぎ捨てる。べしゃりと愛液と汗で重い音を立てるそれを端に寄せて、お湯に上気した梓に上から舌を絡めた。
「ん、……ぅ、ふぅ……ぁ」
「む……んむっ、……ちゅ、くちゅ、……ん、はあ……あ、ん」
 指を一本、梓の秘部に入れて撫であげる。
 甘い吐息を漏らして内股に折れる梓を見てじんじんと頭が熱くなってきて、蛍は耳を舐めるように囁いた。
「ベッドで、待ってて。たくさん……愛してあげるから」

■■■

 不感剤が切れたとかお湯でのぼせたとか、そういうのじゃ説明がつかないぐらい全身が熱い。
 シャワーの音が耳朶を打って全身がむずむずする。
 訳もなく頬を押さえたくなるし、叫んでどこかに逃げ出したい気もする。
 心臓は階段を駆け上がった時よりも荒々しく動いていて、待ちきれないとばかりに秘所からは愛液が滴ってシーツを濡らしていた。
 頭を押さえて、胎児のように掛け布団の中で丸くなる。
―――この、待ち時間って……。なんだかすっごい恥ずかしいっ! こんなことなら一緒にシャワー浴びればよかった……。というか、私臭わないよね……。さっとお湯浴びただけだけど大丈夫だよね⁉ あーでも、さっきの蛍ちゃん、すごい綺麗だったなあ……。
 女性らしい丸みを必要十分に残して引き締まった体を思い出し、かああ、と熱が上がっていく梓。
 きゅ、という蛇口を閉める音に、心臓が縮こまる。
「あれ、梓?」
 ちっとも緊張していなさそうな蛍の声がなんだか悔しくて、ぴょこんと掛け布団から頭を出した梓は唇を尖らせた。
「……なんだよ」
「え、なんでそんなふくれっ面? まともに抱かれるの初めてで緊張してる、とか?」
「皆まで言わなくてもいいじゃんかよぉ……」
「そんなに身構えなくても、いいのに」
 ぎし、とベッドがきしんで、蛍の顔が間近に来る。目をつぶると、唇に温かい感触。
 触れるだけのキスを何度も落とされて、薬の切れた体がそれだけで燃え上がる。
 するり、と掛け布団の中に潜り込んできた熱に抱かれて、梓はぱちりと目を開いた。
 薄暗い明り、その中でも見えるぐらいの距離に、酔ったような顔で笑う蛍の顔がいっぱいに広がっている。
「蛍、ちゃん」
「ふふ、かわいい。あずさ」
「ぅ、ぁ……はぁ……ぁ」
 覆いかぶさられて、抱きしめられて、優しく胸を揉まれる。
 きゅ、と乳首をつままれて、思わず噛んだ唇から声が漏れた。
「あっ……」
「声、我慢しないで。もっと聴かせて」
「み、み……舐めながらしゃべんない、でっ!」
「いやもうほんっと、可愛いなあ」
 梓、と蛍に優しく呼ばれて、そっと秘部に手を添えられる。
 触っても良いか尋ねるようにかすかに動く手にもどかしくなって腰を擦り寄せると、くすりと笑って指が中に入ってきた。
 指一本分の快楽に優しく無理なく、深く体の中心まで溶かすように染み渡る。
「あ、ああ……ぅ、ぁあっ………ぅ、っくああ」
「こっち向いて」
「ようきゅう、が……多い、っ」
「良いじゃない。見たいし、触りたいし、聴きたいんだから」
 確信犯だということを隠しもせずに、少しだけ意地悪そうな顔をした蛍に、敏感なところをかりかりと引っかかれ、囁かれる。
「大好きだよ」
「あ、ああっ! あ、んぅ……ふああっ!」
 ぎゅうう、と蛍の指の圧迫感が一気に増して、快楽の波に流されないように、必死で梓の肩を掴む。爪が食い込んでしまったが、緩めたら体がちぎれそうで怖くて、ただしがみつく。
「ほた、るちゃんっ! 気持ちいいっ、気持ち良すぎ、って、こわ、いぃっ!」
「どこにも行かないし死なないから。力抜きなさいって」
 あやすように頭を撫でられて、梓はふっと力を抜く。ただ蛍の手に依る快楽だけを受け取って震える。
 耳を甘噛みされて、陰核を撫でられて、くに、と膣のざらざらとしたところを押されたのがとどめだった。
「あ、ああ……! 大好き、だいすき、だよっ、ほたる、っちゃんっ! もう、っ……」
「うん、我慢しなくていいよ。……愛してる、梓」
「愛してる、私、も! あん、ぁ! イ……っ―――――~~~~っ‼」
 じんじんと熱くなった頭が白く弾けて、梓は小刻みに腰を震わせ絶頂した。
 痛めつけられるでもなく、屈辱の中で無理やり与えられるでもない愛しい人からの官能に包まれる。
 そんな梓を見た蛍は、肩に乗せられたままの手を優しく取ってキスをした。
「されてる時の顔は、女の子だね」
「……どういう、意味さ」
「いや、なんでもない」
 してるときは悪魔に見えたなどとは言えず顔を反らす。それが面白くなかった梓は、蛍の唾液が絡みついた指で、陰部を撫でる。
「あ、……」
「交代、だねっ」
「ちょ、っとっ」
 文句は聞かない。
 蛍の太腿を掴んで、力いっぱい横に倒す。体力の限界だった蛍はそれであっけなく横に倒れた。
 態勢を反転させて、今度は梓が蛍に覆いかぶさる。ちろり、と赤い舌を伸ばして、汗に濡れ始めた蛍の首筋から下腹部まで、くすぐるように舐めていく。
「あ、……ぅ、ぅん……」
「また、ちゃんと覚え直さないと」
「なに、言って……。あ、ああ、あぅ、んあっ」
 陰毛を超え、陰核を舌腹に包まれて、蛍は悶える。
 梓はさらにその下、既に開かれた膣の奥まで舌を差し込んだ。
「まって、そんな激しく、……された、らぁ、ああっ」
 早くも絶頂の気配を感じて、蛍は切羽詰まった声を上げる。
 相変わらず叫ぶような、でも棘のない喘ぎ声を聴いて、梓はさらに愛撫を激しくした。数分前に蛍が言っていたことにひどく共感している自分がいて、そのことが少しおかしい。
 確かに、これは。
―――見たいし、触りたいし、聴きたい、なあ。
 よじ登るようにして、蛍の顔を正面から見る。
 お互いの胸を潰し合い、湿った息が混じる距離。快楽に上気して桃色の唇を開き、とろりと目を潤ませる蛍に、笑みが零れた。
「研究所でされてた時とはえらい違いじゃないか、蛍ちゃん」
 覆いかぶさられた蛍は、ふい、と目を背ける。
 攻め手に回った時の梓の笑い方、弧を描く唇に悪魔の片鱗を思い出して、でもその相手はもう憎むべき対象ではなくて、なんとなく悔しくなりながらも熱を帯びた思考が言葉に漏れる。
「しょうがないじゃない。……好きな人に、されてるんだから」
 梓は一瞬、きょとんとして、じわじわと、顔中が熱くなっていくのを感じていた。
「……ふは、そっか……。そっかぁ。本当に、……好きになって、もらえたんだ」
「そうよ、悪い……?」
「いやあ、悪くなんてないさ。ふふっ、蛍ちゃんは私のこと、大好きなんだねぇー、うりうり」
「ぅ、ぁぁああっ……」
 口淫の熱がとどまったままの柔肉を小さな手で暴かれて、艶めいた声が口をついて出る。
 にやにやとし始めた梓がなんとなく癪に触って、蛍も疲労で震える指で、梓の膣を貫いた。
「あっ、蛍、ちゃんがされる、番だろっ、ああっ」
「決めて、ないわよ、そんなのっ」
「まっ、て。も、からだ馬鹿になってるからっ、あ、あああっ!」
「私も、ぅあ、ああ、はうっ、あ、んっ! うあ、ああっ! も、うっ」
 唇を結ぶ。震える体を押し付け合って、乳首を擦らせ、秘部を愛し合い、もっと刺激を欲しがるように、少しずつ太腿を開き始める。愛液はシーツで白く交じり合っていた。
 そして、二人は、まったく同じ責め方で、一緒に果てを迎えた。
 膣からの締め付けが強くなった瞬間、Gスポットを擦っていた指を突き入れる。傷つけないようにゆっくりと、でも体の最奥、子宮にまで響くように深く快楽を送り込み、梓と蛍は、互いの体に熱い潮を噴き出した。
「ほたるちゃん、っ! 好き、大好きっ、ぃ、イ、っく、ぅぁぁああああああああっ!」
「あ、いして、るよっ、あずさっ、ぁ、っんあ、ああっ、ああああああっ‼」

■■■

 お互い疲労がピークに達していたから、続きは後日ということにしたが、あえて不感剤は飲まなかった。
 ダブルサイズのベッドに抱き合って、愛しい人の熱をじわじわと快楽に変える自らの体をそのままにしながら、蛍は梓の頭を撫でた。
「今まで、お疲れ様。………大好きだよ」
「ちょ、ごめ……。やっぱ、しばらくそれ、多言禁止で……」
「なんでよ」
「保たないからだよっ!」 
 真っ赤になって上目遣いをしてくる梓の頭をわしゃわしゃと撫でて、蛍はにやにやと笑った。
「だから言ったじゃない。覚悟しろって」
「だって、さあ……っ! 今まで打算なしでキスしてくれたのも、抱きしめてくれたのも、その……してくれたのも、蛍ちゃんだけなんだもん。一回冷静になると、その……どうしたらいいか、わからなくて」
「別に、今まで通りに好き勝手やってくれればいいわよ」
「今まで通りって言ったって……。え、SMルームでも行く?」
「あーそれちょっと違う」
 行ったとしてどっちがMなんだ。私か、私なのか?
 すう、すう、と眠りに落ちていく吐息を見守っていると、梓が弱い力で蛍の手を握った。
 握り返すと、ふにゃりとした笑顔が帰ってくる。
「安心、する……」
「それはよかった」
「……起きて、目の前に蛍ちゃんがいたら、泣いちゃいそ、うだな、ぁ」
「はやく慣れてね。毎朝泣かれたらどうしていいかわからなくなるから」
「つれな、い……なあ。でも、そんな、ところも、だい、す、きだ……よ」
 それきり寝入ってしまった梓の寝顔を見て、蛍もくあ、とあくびをする。
 これから数日間は、バタバタしたものになるだろう。当座の資金はあるにしても、長期的な生活基盤を手に入れるまでは、息つく間もなく奔走するはずだ。
 でも、まあ、今だけは、いいか。
 梓の額に口づけをして、蛍もそっと目を閉じる。
 その寸前、薄く開いた窓からは、柔らかい朝日が差し込んでいた。
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