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5章
5-3
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カオルの傷が治る頃には、ノアの周囲もだいぶ落ち着きを取り戻していた。
イルミナ家は、私兵が壊滅した後もなんとか立て直したらしい。グレイ家が上手くやってくれたようだ。借りを作るのは怖い気もするが、ノアは素直に甘えておいた。
「不幸な人間は、また出そうな構造だがな」
「そうですね……」
カオルの部屋で、二人きり。
夫婦というにはあまりにも辿々しい会話だったが、ノアはなるべく話し続けることにしている。
「傷は大丈夫か」
「はい。ケアラさんにも大丈夫だと言ってもらいましたので」
「その、心の方は、どうだ?」
「大丈夫です。……言いづらいですが、あれが初めてなわけじゃ、ないので……」
黒い思い出は黒いまま。すでに真っ黒なキャンバスにいまさら書き足されても何も変わらない。
そのようなことをカオルは何度も言っていた。
「辛かったら言え。なんでもする」
「本当に、大丈夫です。この家は、とても優しいのを、知っていますから」
「そうか」
緩く笑うカオルの顔に、翳りは見られなかった。ときどき、窓の外を見て物憂げな顔にはなるが、少なくともここにいる限りは、大丈夫なのだろう。
このタイミングになった理由は、自分でもわからなかった。
「カオル。お前は不妊症らしいな」
びくり、とカオルが肩を縮める。
「……はい。その、黙っていて、申し訳……」
「私もなんだ」
「……は、え?」
机の底に封印していた診断書を、カオルに見せる。
「私も、生殖能力に欠陥がある。子孫を残すことはできない。以前の話で、そういう人間を哀れだと言ったが、忘れてくれ。カオルのことを言うつもりはなかったんだ」
私はカオルを、愛している。
僅かに熱い顔を反らさず、ノアはカオルにそう言った。
◇
言われた意味がわからなかった。
ぺら……、と診断書を見て、カオルは目を瞬かせる。
「……本当、に?」
「ああ、事実だ」
違う。いや違わないけど。ノアがこんな嘘を言う人じゃないのはわかっている。だから、カオルが確認したのはそこではなく。
「……本当にこんな、欠陥品を……?」
バレるまでが期限だと未だに思っていた。身一つで放り出されたりはしないんじゃないかとは夢想していたが、留まれる気はしていなかった。
なのに。
「欠陥品でも……愛、して、いただけ……っ」
唇を指で塞がれた。
「もう自分を貶めるな」
「ん、む……っ」
「ちょうど良いじゃないか。お互い、共有できる辛さもあるかもしれない。……まあ、そういうことだ。私にはカオルを手放す気は全くない。指輪の鍵も渡す気はない」
カオルの指には、ずっと嵌ったままの指輪が輝き続けている。
青い虹彩から溢れるように、涙が伝った。
「……っ、あり、がとう……ござい……ま、す……っ」
「いくらでも泣け。終わったらまた笑え。それだけできれば十分だ」
唇に添えられていた指で、今度は目元を拭ってくれた。
◇
ノアがいない時は、ルーカスとケアラが入れ替わり立ち替わりやってきた。大体、ルーカスはケアラの愚痴で、ケアラはルーカスの愚痴だ。どちらもそれを楽しそうに話すから、カオルもつられて何度も笑った。
でも。
(嫌な予感が、する……)
回復した途端、身体が疼きだすようになった。
(もう私は……少なくとも私の身体は、だめなんだろうな……)
快楽無しでは壊れてしまう。
きっとこのままでは、またあの夢を見る。快楽と強く結びついた場所が、展示室で、拷問部屋だから。
「……ん、ぅ」
シャワーのお湯を、限界まで絞る。
それでも、胸に水流が当たるたび、ぴくりと腰が動いてしまう。勝手に内股になった足が、小さく震える。
「はぁ……、ぁ、あ……っ」
ぱたぱたとタイルに熱い液が垂れる。
(もう、自分でする……しか)
とりあえず、それで収まるだろう。
でも。
(このまま毎日、そう、するの……?)
昼間は触れられることに怯え、夜な夜な自慰に耽る日々を、続けるのか。
(いや、だな……)
何となく、自分が使った後の浴室に入って欲しくなくて、カオルは毎回最後に湯浴みをしている。
ルーカスとケアラは離れにいる。
「助けて、……ほしい」
そのまま行動できたのは、決意というより、ぐらぐらと頭が煮えていたせいだろう。快楽と湯煙で、白い頬は赤くなっていた。
◇
前にもこんなことあったな。と、ノアは寝室のドアを開けた。
きちんと寝巻きを着た――にも関わらず快楽に毒されていることが一目でわかる表情で、カオルがとろりとした目を上向かせる。
「あ、の……」
「どうした?」
「……大変、その、は、はしたないお願いを、しても……よろしい、でしょうか」
「構わない」
やけっぱちになっていた前回もそれはそれで良かったが、身体を悶えさせながら恥じらう姿の方が、カオルに合っているような気がする。風呂上がりの香りが、媚薬のように漂い、広がる。
「入れ。……その気があるのなら」
「はい……っ」
――もう、寝室は分けなくてもいいだろう。
ノアが開けた戸の中に、カオルは自分で入ってきた。
イルミナ家は、私兵が壊滅した後もなんとか立て直したらしい。グレイ家が上手くやってくれたようだ。借りを作るのは怖い気もするが、ノアは素直に甘えておいた。
「不幸な人間は、また出そうな構造だがな」
「そうですね……」
カオルの部屋で、二人きり。
夫婦というにはあまりにも辿々しい会話だったが、ノアはなるべく話し続けることにしている。
「傷は大丈夫か」
「はい。ケアラさんにも大丈夫だと言ってもらいましたので」
「その、心の方は、どうだ?」
「大丈夫です。……言いづらいですが、あれが初めてなわけじゃ、ないので……」
黒い思い出は黒いまま。すでに真っ黒なキャンバスにいまさら書き足されても何も変わらない。
そのようなことをカオルは何度も言っていた。
「辛かったら言え。なんでもする」
「本当に、大丈夫です。この家は、とても優しいのを、知っていますから」
「そうか」
緩く笑うカオルの顔に、翳りは見られなかった。ときどき、窓の外を見て物憂げな顔にはなるが、少なくともここにいる限りは、大丈夫なのだろう。
このタイミングになった理由は、自分でもわからなかった。
「カオル。お前は不妊症らしいな」
びくり、とカオルが肩を縮める。
「……はい。その、黙っていて、申し訳……」
「私もなんだ」
「……は、え?」
机の底に封印していた診断書を、カオルに見せる。
「私も、生殖能力に欠陥がある。子孫を残すことはできない。以前の話で、そういう人間を哀れだと言ったが、忘れてくれ。カオルのことを言うつもりはなかったんだ」
私はカオルを、愛している。
僅かに熱い顔を反らさず、ノアはカオルにそう言った。
◇
言われた意味がわからなかった。
ぺら……、と診断書を見て、カオルは目を瞬かせる。
「……本当、に?」
「ああ、事実だ」
違う。いや違わないけど。ノアがこんな嘘を言う人じゃないのはわかっている。だから、カオルが確認したのはそこではなく。
「……本当にこんな、欠陥品を……?」
バレるまでが期限だと未だに思っていた。身一つで放り出されたりはしないんじゃないかとは夢想していたが、留まれる気はしていなかった。
なのに。
「欠陥品でも……愛、して、いただけ……っ」
唇を指で塞がれた。
「もう自分を貶めるな」
「ん、む……っ」
「ちょうど良いじゃないか。お互い、共有できる辛さもあるかもしれない。……まあ、そういうことだ。私にはカオルを手放す気は全くない。指輪の鍵も渡す気はない」
カオルの指には、ずっと嵌ったままの指輪が輝き続けている。
青い虹彩から溢れるように、涙が伝った。
「……っ、あり、がとう……ござい……ま、す……っ」
「いくらでも泣け。終わったらまた笑え。それだけできれば十分だ」
唇に添えられていた指で、今度は目元を拭ってくれた。
◇
ノアがいない時は、ルーカスとケアラが入れ替わり立ち替わりやってきた。大体、ルーカスはケアラの愚痴で、ケアラはルーカスの愚痴だ。どちらもそれを楽しそうに話すから、カオルもつられて何度も笑った。
でも。
(嫌な予感が、する……)
回復した途端、身体が疼きだすようになった。
(もう私は……少なくとも私の身体は、だめなんだろうな……)
快楽無しでは壊れてしまう。
きっとこのままでは、またあの夢を見る。快楽と強く結びついた場所が、展示室で、拷問部屋だから。
「……ん、ぅ」
シャワーのお湯を、限界まで絞る。
それでも、胸に水流が当たるたび、ぴくりと腰が動いてしまう。勝手に内股になった足が、小さく震える。
「はぁ……、ぁ、あ……っ」
ぱたぱたとタイルに熱い液が垂れる。
(もう、自分でする……しか)
とりあえず、それで収まるだろう。
でも。
(このまま毎日、そう、するの……?)
昼間は触れられることに怯え、夜な夜な自慰に耽る日々を、続けるのか。
(いや、だな……)
何となく、自分が使った後の浴室に入って欲しくなくて、カオルは毎回最後に湯浴みをしている。
ルーカスとケアラは離れにいる。
「助けて、……ほしい」
そのまま行動できたのは、決意というより、ぐらぐらと頭が煮えていたせいだろう。快楽と湯煙で、白い頬は赤くなっていた。
◇
前にもこんなことあったな。と、ノアは寝室のドアを開けた。
きちんと寝巻きを着た――にも関わらず快楽に毒されていることが一目でわかる表情で、カオルがとろりとした目を上向かせる。
「あ、の……」
「どうした?」
「……大変、その、は、はしたないお願いを、しても……よろしい、でしょうか」
「構わない」
やけっぱちになっていた前回もそれはそれで良かったが、身体を悶えさせながら恥じらう姿の方が、カオルに合っているような気がする。風呂上がりの香りが、媚薬のように漂い、広がる。
「入れ。……その気があるのなら」
「はい……っ」
――もう、寝室は分けなくてもいいだろう。
ノアが開けた戸の中に、カオルは自分で入ってきた。
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