上 下
145 / 376

9-18 アリアドネの頼み

しおりを挟む
「必要が無いと言っても…それではアリアドネ様のほうがお困りでしょう?何処へ行くにもロイに頼むことになってしまいますよ?」

「ええ…そうなのです。それで…少々困っておりまして…」

アリアドネはため息を付いた。

(やれやれ…2人の仲が噂になっているのは知っていたが…ここまでロイがアリアドネ様に入れ込んでいたとは思わなかった)

「分かりました。松葉杖の件は私から医務室に頼んでおきます。後は…メイドの件ですよね?」

「はい。そうです…。ですが、ここ南塔にはあまりメイドがおりませんよね?東塔には大勢おりますが…」

アリアドネは困った様子でシュミットを見た。

「ええ…。以前はこちらにも大勢のメイドがおりましたが…エルウィン様が城主になってからは…殆どのメイドを東塔に移してしまったのです。その…過去に色々ありまして…」

その色々…と言うのは言うまでもない。
それはエルウィンに対する誘惑だった。

メイド達の誰もが、エルウィンに憧れ…何とか彼に取り入ろうと必要以上に接近し…時にはゾーイの様に大胆にも誘惑を試みたメイドは数しれない。

女性に奔放な祖父のせいで、極端な程潔癖になってしまったエルウィンに取っては耐え難いことだった。
それ故、殆どのメイドを東塔に追いやり、フットマンを中心に使用人を置くようになってしまったのであった。



「ミカエル様とウリエル様は東塔のメイドは嫌だと仰られています。なので、お2人のお世話をしてくれそうなメイドを手配して頂けないでしょうか?」

アリアドネは頭を下げ、その様子にシュミットは焦った。

「そんな、私などに頭を下げる必要はありません。元々アリアドネ様は…」

そこで慌ててシュミットは口を閉じた。

(そうだ、ここはエルウィン様の執務室だった。いつ戻られるか分からない状況でするような話では無かった)

「シュミット様?」

「い、いえ。何でもありません。ではエルウィン様がお戻りになられたら、すぐに相談してみましょう」

「本当ですか?ありがとうございます」

笑みを浮かべてシュミットにお礼を言うアリアドネ。
その美しい姿に思わずシュミットは見惚れかけ…慌てて軽く咳払いした。

「で、ではアリアドネ様はもうお戻りになって下さい。怪我をされたのですから本日はゆっくりお休み下さい」

「ありがとうございます」

「では、ロイを呼びましょう」

シュミットは席を立つと、扉へ向った。


カチャ…

扉を開けると、そこにはロイが姿勢を崩さずに立っていた。

「話は終わりました。リアを連れて行ってあげて下さい」

「…分かりました」

相変わらず美しい人形のように無表情のロイ。

そのまま無言で部屋に入ってくると、アリアドネの前で足を止めた。

「リア。部屋に戻ろう」

「ええ。分かったわ」

アリアドネが返事をするや否や、ロイは軽々とアリアドネを抱え上げた。

「キャッ」

思わず小さく悲鳴を上げるアリアドネ。

「…どうした?」

「抱き上げて運んでくれるのは助かるけど…もう少し静かに抱き上げてもらえないかしら…?何だか落ちそうで…」

「…そうか。分かった。気をつけよう」

そしてロイは少しだけ口元に笑みを浮かべた。

「!」

その様子を見て驚いたのはシュミットであった。
ロイがここへ来て5年になるが、誰もが彼の笑った顔を見たことが無い。
それにも関わらず、アリアドネには警戒心を抱くことなく笑みまで浮かべたのだ。

「それでは失礼致します、シュミット様」

ロイに抱え上げられたアリアドネが声を掛けてきた。

「あ…はい。ではエルウィン様に伝えておきますね」

「失礼します」

ロイも頭を下げると、部屋を出て行った。


「…」

2人が部屋を出ていき、執務室に1人になったシュミットはロイについて考えていた。

(何故、ロイはアリアドネ様にだけ警戒心を解くのだろう…?少し、彼のことを調べてみようか…?)

シュミットは密かに考えた―。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました

瀬里
恋愛
 その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。  婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。  しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。  ――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)  ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。  しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。  今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部) 全33話+番外編です  小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。 拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。 https://www.pixiv.net/users/30628019 https://skima.jp/profile?id=90999

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

処理中です...