37 / 376
3-7 騎士と雑巾
しおりを挟む
昼食後―
アリアドネは他の使用人たちとは少し離れた作業場所で1人雑巾縫いをしていた。頭の中には先程のセリアの話がこびりついて離れない。
『ランベール様と言うのはエルウィン様のお父様の腹違いの弟なのよ。母親は妾だったそうよ』
(ランベール様と言う方が娼館から女性を引き抜いて、ここのメイドに選び…更に越冬期間の間は娼婦達をこの城に住まわせて、エルウィン様を苛立たせている…。あの方が私を妾腹の娘と言って軽蔑するのは無理も無い話だったのだわ…)
アリアドネは思い悩んでいた。エルウィンからはこの城を出て行けと言われたにも関わらず、自分の我儘でシュミットにこの城に下働きとして置かせてもらっている。もし自分がここにいる事がエルウィンにバレてしまえば、恐らくシュミットはただでは済まないだろう。
(私って…結局、何処に行っても迷惑な存在なのだわ…。決めた。越冬期間が終わったら、やっぱりこの城を出る事にしましょう。ヨゼフさん…一緒に来てくれるかしら…?もし、ここに残りたいとヨゼフさんが願っていたら…)
物思いにふけっていたアリアドネは作業場の中で騒ぎが起こっていることに全く気づいていなかった。
当然背後から近付いてくる人の気配にも―。
「アリアドネ様」
突然背後から名前を呼ばれ、アリアドネは驚いて左の人差し指を針をで刺してしまった。
「痛っ!」
途端に小さな赤いシミが縫っていた雑巾に滲む。
「え?!も、申し訳ございません!」
慌てた声を上げたのはシュミットだった。
「あ…シュミット様。それにスティーブ様…」
アリアドネは刺してしまった指を握りしめながら背後を振り向いた。するとそこにはオロオロした様子のシュミットと、驚き顔のスティーブが立っていた。
「アリアドネ?!指を怪我したのか?」
スティーブがシュミットを押しのけてアリアドネに近付いてきた。
「スティーブ様…あ、あの。大丈夫ですから…」
「お、おい!スティーブ!」
シュミットは声を掛けるがあっさり無視される。
「いいから、見せてみろよ」
スティーブに言われ、アリアドネは仕方無しに怪我した左手を差し出した。
「…」
スティーブはアリアドネの傷をじっと見ていたが、上着のポケットからハンカチを取り出すと、いきなり細長く切り裂き、大袈裟な程にアリアドネの指に巻き始める。
「え?あ、あの?」
「…」
しかし、スティーブはアリアドネの指に切り裂いたハンカチを巻くのに集中し、返事をしない。
やがて…。
「よし、これでもう大丈夫だ。怪我をしたらすぐに治さないとな」
「「…」」
アリアドネとシュミットは人差し指に巻かれたハンカチを見た。大袈裟に巻かれた指は、もはや仕事に差し支えるレベルだった。
「あ、あの…スティーブ様…」
アリアドネは戸惑いながら声を掛ける。
「うん?どうしたんだ?」
笑みを浮かべるスティーブ。
するとシュミットが言った。
「スティーブ、これではアリアドネ様のお仕事に差し支えが出てしまうだろう?」
「何だって?お前はアリアドネが怪我をしたのに働かせるのか?」
スティーブが真面目な顔でシュミットに尋ねてくる。
「スティーブ、お前という奴は…」
シュミットは左手で自分の額を押さえるとため息をついた。
「あの、折角この様に丁寧に治療して頂いて有り難いのですが…これでは雑巾が縫えませんので…」
「何?雑巾を縫うだって?よし、なら怪我をしたアリアドネの代わりに俺が縫ってやろう」
「「え?」」
スティーブはアリアドネとシュミットの戸惑いを他所に、空いている椅子にドカッと座ると早速アリアドネに手を差し出した。
「ほら、アリアドネ。今手にしている雑巾をよこせよ」
「え?で、でも…あの…」
そこへシュミットが声を掛けた。
「いいではありませんか。アリアドネ様、スティーブに縫いかけの雑巾を渡して下さい」
「は、はい…分かりました…」
アリアドネはおとなしくスティーブに雑巾を手渡すと彼は嬉しそうに言った。
「よし、任せろ」
「では頼むぞ。スティーブ。アリアドネ様、参りましょう」
スティーブはアリアドネに声を掛けた。
「え?ど、どこへ?」
「おい!アリアドネを何処に連れて行くんだ?!」
アリアドネとシュミットが同時に声を上げた。
「アリアドネ様に大事なお話があります。少し場所を変えましょう、後は宜しくな。スティーブ」
シュミットはスティーブの顔を見ることもなく、アリアドネに声を掛けた。
「え?で、でも…」
「ああ、彼なら大丈夫です。何しろ代わりに仕事すると申し出たのですから」
「は、はい…」
シュミットに強引に促され、アリアドネは頷いた。
「お、おい!シュミットッ!」
「後の事は頼んだぞ?さ、アリアドネ様」
「申し訳ございません。スティーブ様」
アリアドネは頭を下げた。
「彼の事はいいんですよ。では早速参りましょう」
そしてシュミットは呆気に取られるスティーブをその場に残し、アリアドネを連れて作業場を出て行ってしまった―。
アリアドネは他の使用人たちとは少し離れた作業場所で1人雑巾縫いをしていた。頭の中には先程のセリアの話がこびりついて離れない。
『ランベール様と言うのはエルウィン様のお父様の腹違いの弟なのよ。母親は妾だったそうよ』
(ランベール様と言う方が娼館から女性を引き抜いて、ここのメイドに選び…更に越冬期間の間は娼婦達をこの城に住まわせて、エルウィン様を苛立たせている…。あの方が私を妾腹の娘と言って軽蔑するのは無理も無い話だったのだわ…)
アリアドネは思い悩んでいた。エルウィンからはこの城を出て行けと言われたにも関わらず、自分の我儘でシュミットにこの城に下働きとして置かせてもらっている。もし自分がここにいる事がエルウィンにバレてしまえば、恐らくシュミットはただでは済まないだろう。
(私って…結局、何処に行っても迷惑な存在なのだわ…。決めた。越冬期間が終わったら、やっぱりこの城を出る事にしましょう。ヨゼフさん…一緒に来てくれるかしら…?もし、ここに残りたいとヨゼフさんが願っていたら…)
物思いにふけっていたアリアドネは作業場の中で騒ぎが起こっていることに全く気づいていなかった。
当然背後から近付いてくる人の気配にも―。
「アリアドネ様」
突然背後から名前を呼ばれ、アリアドネは驚いて左の人差し指を針をで刺してしまった。
「痛っ!」
途端に小さな赤いシミが縫っていた雑巾に滲む。
「え?!も、申し訳ございません!」
慌てた声を上げたのはシュミットだった。
「あ…シュミット様。それにスティーブ様…」
アリアドネは刺してしまった指を握りしめながら背後を振り向いた。するとそこにはオロオロした様子のシュミットと、驚き顔のスティーブが立っていた。
「アリアドネ?!指を怪我したのか?」
スティーブがシュミットを押しのけてアリアドネに近付いてきた。
「スティーブ様…あ、あの。大丈夫ですから…」
「お、おい!スティーブ!」
シュミットは声を掛けるがあっさり無視される。
「いいから、見せてみろよ」
スティーブに言われ、アリアドネは仕方無しに怪我した左手を差し出した。
「…」
スティーブはアリアドネの傷をじっと見ていたが、上着のポケットからハンカチを取り出すと、いきなり細長く切り裂き、大袈裟な程にアリアドネの指に巻き始める。
「え?あ、あの?」
「…」
しかし、スティーブはアリアドネの指に切り裂いたハンカチを巻くのに集中し、返事をしない。
やがて…。
「よし、これでもう大丈夫だ。怪我をしたらすぐに治さないとな」
「「…」」
アリアドネとシュミットは人差し指に巻かれたハンカチを見た。大袈裟に巻かれた指は、もはや仕事に差し支えるレベルだった。
「あ、あの…スティーブ様…」
アリアドネは戸惑いながら声を掛ける。
「うん?どうしたんだ?」
笑みを浮かべるスティーブ。
するとシュミットが言った。
「スティーブ、これではアリアドネ様のお仕事に差し支えが出てしまうだろう?」
「何だって?お前はアリアドネが怪我をしたのに働かせるのか?」
スティーブが真面目な顔でシュミットに尋ねてくる。
「スティーブ、お前という奴は…」
シュミットは左手で自分の額を押さえるとため息をついた。
「あの、折角この様に丁寧に治療して頂いて有り難いのですが…これでは雑巾が縫えませんので…」
「何?雑巾を縫うだって?よし、なら怪我をしたアリアドネの代わりに俺が縫ってやろう」
「「え?」」
スティーブはアリアドネとシュミットの戸惑いを他所に、空いている椅子にドカッと座ると早速アリアドネに手を差し出した。
「ほら、アリアドネ。今手にしている雑巾をよこせよ」
「え?で、でも…あの…」
そこへシュミットが声を掛けた。
「いいではありませんか。アリアドネ様、スティーブに縫いかけの雑巾を渡して下さい」
「は、はい…分かりました…」
アリアドネはおとなしくスティーブに雑巾を手渡すと彼は嬉しそうに言った。
「よし、任せろ」
「では頼むぞ。スティーブ。アリアドネ様、参りましょう」
スティーブはアリアドネに声を掛けた。
「え?ど、どこへ?」
「おい!アリアドネを何処に連れて行くんだ?!」
アリアドネとシュミットが同時に声を上げた。
「アリアドネ様に大事なお話があります。少し場所を変えましょう、後は宜しくな。スティーブ」
シュミットはスティーブの顔を見ることもなく、アリアドネに声を掛けた。
「え?で、でも…」
「ああ、彼なら大丈夫です。何しろ代わりに仕事すると申し出たのですから」
「は、はい…」
シュミットに強引に促され、アリアドネは頷いた。
「お、おい!シュミットッ!」
「後の事は頼んだぞ?さ、アリアドネ様」
「申し訳ございません。スティーブ様」
アリアドネは頭を下げた。
「彼の事はいいんですよ。では早速参りましょう」
そしてシュミットは呆気に取られるスティーブをその場に残し、アリアドネを連れて作業場を出て行ってしまった―。
41
お気に入りに追加
2,848
あなたにおすすめの小説
【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました
瀬里
恋愛
その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。
婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。
しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。
――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)
ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。
しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。
今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部)
全33話+番外編です
小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。
拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。
https://www.pixiv.net/users/30628019
https://skima.jp/profile?id=90999
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる