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第4章 17 ホームでの別れ
しおりを挟むヒルダとエドガーは今、『エボニー』の改札に立っていた。
「それではお兄様。どうぞお元気で」
ヒルダはエドガーに頭を下げた。
「ああ。ヒルダもな…」
「早くエレノア様が実家から戻ってくるとよいですね?」
それはヒルダの心からの願いだったのだが、その言葉を聞いたエドガーの顔色が青ざめた。
「お兄様?大丈夫ですか?どこか具合でも悪いのですか?」
ヒルダは心配そうにエドガーを見上げた。
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
「ですが…」
「本当に大丈夫だから」
エドガーは笑顔を見せたが、まるでその笑顔は泣き笑いの様にも見えた。けれどエドガーがこのような表情になってしまうのは無理も無かった。何故ならエレノアには出来ればこのまま実家に戻ったままで、夫婦生活の営みが無いのを理由に離縁を言い出して貰えないだろうかと密かにエドガーは願っていたからである。結婚しても尚、ヒルダを愛しており、諦めようと言い聞かせてもどうしても諦めきれなかったからだ。
(いっそ…ヒルダが誰かと結婚してしまえば本当に諦めきれるのに…)
現にエドガーはヒルダがルドルフと恋人同士だった時は、完全にヒルダの事を諦めていたのだ。しかしルドルフがあのような凄惨な死を迎え…何時までも泣き崩れるヒルダを元気づけてやりたいと思う気持ちが、いつの間にか再びヒルダへの恋慕へと変わっていたのである。
少しの間、無言でヒルダとエドガーは見つめ合っていたが、やがて汽車の発射を告げる汽笛がホームに鳴り響いた。
ボーッ…
車輪から蒸気が吹きあがり、ヒルダとエドガーの足元に蒸気が漂う。
「ヒルダ、汽車が発車する…もう乗った方がいいだろう」
「分りました…」
ヒルダは背を向け、汽車に乗り込む時にエドガーが不意に声を掛けて来た。
「ヒルダッ!」
「はい?」
振り向いたヒルダにエドガーが言った。
「ヒルダ。どうかノワール兄さんには俺が別居していることは内緒にしておいてくれ」
「はい、私の口からは黙っていますが…お兄様からは報告をした方が良いと思うのです」
「え?それは一体何故…」
エドガーが不思議そうな顔をする。
「それは…ノワール様が一番お兄様を心配しているからです」
ヒルダにはそれ以上の事は言えなかった。しかし、ノワールなら…今のエドガーの窮地を救ってくれるのではないかと予感があったからである。
「そうか…ヒルダがそう言うなら相談はしてみるよ」
「ええ」
ヒルダは笑みを浮かべると再び背を向けて、汽車の中へ入るとエドガーの立っているすぐ傍のボックスシートに荷物を置き。窓を開けるとエドガーに声を掛けた。
「お兄様、今日はお会いできて良かったです」
「あ、ああ。ヒルダ。俺もだよ…」
その時、再び汽笛が鳴り響いた。
ボーッ…
その音と共に大きく車輪が回りだし、ゆっくりと汽車が動き始めた。
「ヒルダ…元気で…」
エドガーは今にも泣きそうな顔でヒルダに言った。
「お…お兄様…」
(何故?何故…そんな泣きそうな顔を…?)
やがて汽車はグングン速度を上げ、ホームに立たずむエドガーの姿が遠ざかって行くのだった―。
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