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第4章 38 兄と妹
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あれ程晴れていた空はいつの間にかどんよりと曇り、小雪のチラつく寒々しい空気の中…エドガーとヒルダを乗せてきた馬車は町外れに佇む教会の前に停められていた。この教会は林の中に囲まれ、周囲に民家は数える程しか点在していない。そして教会の裏手は広大な墓地が整然と立ち並び、広がっている。その中の真新しい十字架の真っ白な墓標の前にヒルダとエドガーは立っていた。
「こ、これが…ルドルフのお墓ですか…?」
ヒルダは手向けの花としてフィールズ家の温室で育てた真っ白な大輪の百合の花を抱えて声を震わせた。
「ああ、そうだ。墓標の中に刻まれた文字を見てごらん」
エドガーに促され、ヒルダは墓標に刻まれた文字を読んだ。
『ルドルフ・テイラー ここに眠る。享年17歳』
「ル、ルドルフ…」
ヒルダはその文字を目にすると、手からパサリと手向けの百合の花束を落としてしまった。ヒルダの青い、大きな目には見る見るうちに涙がたまり、頬を伝って流れ出す。
「ルドルフッ!」
ヒルダは墓標にしがみつくと、身体を震わせ声を殺して泣き崩れた。
「ウ‥ウウ…」
(ルドルフ…ッ!どうして‥どうして私を置いて死んでしまったの?!ようやく思いが通じあって恋人同士になれたのに…!私にプロポーズしてくれたじゃない!なのにどうして‥‥。もう‥生きていくのが辛い‥ルドルフ、貴方の傍にいきたい…)
ヒルダのその姿はあまりにも哀れで見るに堪えない程だった。
「ヒルダ…」
エドガーが躊躇いがちに声を掛けると、涙で泣きぬれた顔をあげたヒルダが口を開いた。
「お、お兄さま…私…こんなに辛いのに生きていかなければならないのでしょうか‥?ルドルフを失った世界は‥もう私に取っては…なんの意味も成さないのに‥?いっそ死んでしまいたい‥!」
その言葉にエドガーは激しい衝動を覚えた。
「ヒルダッ!」
気付けばヒルダの肩を抱き寄せ、強く抱きしめていた。
「ヒルダ…頼むからそんな事を言わないでくれ…。俺も、母も、父も…どれだけお前の事を思っているのか分からないのか…?ルドルフを失って辛いのはヒルダだけじゃない‥彼の両親だってそうだし…俺だって、彼を友人の様に感じていたんだ…!」
気付けばエドガーの目にも涙が浮かんでいた。短い付き合いだったとはいえ、2人でヒルダの誤解を解く為に、カウベリーで奔走した日々が思い出される。
(そうだ…ルドルフは本当にいい男だった‥こんな‥簡単に命を踏みにじられるべき人間ではないんだ。それなのに…!)
ヒルダは自分の頭に熱い涙が滴るのを感じた。
「お、お兄様…まさか泣いてらっしゃるのですか…?」
「ヒルダ…さっき、朝食の席で言ったよな…?ルドルフが死んでしまった原因を作ったのは自分かもしれないと…」
エドガーはヒルダをきつく抱きしめたまま言う。
「は、はい…」
「ヒルダのせいじゃない。彼の死のきっかけを作ったのはむしろ俺なんだ…!それにイワンが死を選んだのも…!」
「え…?お兄様、一体何を言うのです‥?」
「それは…俺がヒルダの足の怪我の原因や火事を起こしたのはグレースのせいだと気が付いて、ルドルフと一緒にグレースの家に行って話をしたんだ。その後にイワンが自殺を…!俺があんな悪魔のようなグレースの元へルドルフを連れて行ったから‥!」
イワンが自殺してしまった事をルドルフが自分を責めているのをヒルダは知っていた。それはルドルフから聞かされていたからだ。
(知らなかった…お兄様がずっと自分を責めていたなんて…私が悲しめば悲しむほど…お兄様を苦しめてしまう事になるんだわ…)
未だにエドガーはヒルダをきつく抱きしめたまま、熱い涙を流している。そんな兄をそっと抱きしめるとヒルダは言った。
「ごめんなさい…お兄様…私、もう死にたいなんて言いません…」
「ヒルダ…ッ!」
ヒルダとエドガーはルドルフの墓標の前で、互いの涙が止まるまで抱き合って泣き続けた―。
「こ、これが…ルドルフのお墓ですか…?」
ヒルダは手向けの花としてフィールズ家の温室で育てた真っ白な大輪の百合の花を抱えて声を震わせた。
「ああ、そうだ。墓標の中に刻まれた文字を見てごらん」
エドガーに促され、ヒルダは墓標に刻まれた文字を読んだ。
『ルドルフ・テイラー ここに眠る。享年17歳』
「ル、ルドルフ…」
ヒルダはその文字を目にすると、手からパサリと手向けの百合の花束を落としてしまった。ヒルダの青い、大きな目には見る見るうちに涙がたまり、頬を伝って流れ出す。
「ルドルフッ!」
ヒルダは墓標にしがみつくと、身体を震わせ声を殺して泣き崩れた。
「ウ‥ウウ…」
(ルドルフ…ッ!どうして‥どうして私を置いて死んでしまったの?!ようやく思いが通じあって恋人同士になれたのに…!私にプロポーズしてくれたじゃない!なのにどうして‥‥。もう‥生きていくのが辛い‥ルドルフ、貴方の傍にいきたい…)
ヒルダのその姿はあまりにも哀れで見るに堪えない程だった。
「ヒルダ…」
エドガーが躊躇いがちに声を掛けると、涙で泣きぬれた顔をあげたヒルダが口を開いた。
「お、お兄さま…私…こんなに辛いのに生きていかなければならないのでしょうか‥?ルドルフを失った世界は‥もう私に取っては…なんの意味も成さないのに‥?いっそ死んでしまいたい‥!」
その言葉にエドガーは激しい衝動を覚えた。
「ヒルダッ!」
気付けばヒルダの肩を抱き寄せ、強く抱きしめていた。
「ヒルダ…頼むからそんな事を言わないでくれ…。俺も、母も、父も…どれだけお前の事を思っているのか分からないのか…?ルドルフを失って辛いのはヒルダだけじゃない‥彼の両親だってそうだし…俺だって、彼を友人の様に感じていたんだ…!」
気付けばエドガーの目にも涙が浮かんでいた。短い付き合いだったとはいえ、2人でヒルダの誤解を解く為に、カウベリーで奔走した日々が思い出される。
(そうだ…ルドルフは本当にいい男だった‥こんな‥簡単に命を踏みにじられるべき人間ではないんだ。それなのに…!)
ヒルダは自分の頭に熱い涙が滴るのを感じた。
「お、お兄様…まさか泣いてらっしゃるのですか…?」
「ヒルダ…さっき、朝食の席で言ったよな…?ルドルフが死んでしまった原因を作ったのは自分かもしれないと…」
エドガーはヒルダをきつく抱きしめたまま言う。
「は、はい…」
「ヒルダのせいじゃない。彼の死のきっかけを作ったのはむしろ俺なんだ…!それにイワンが死を選んだのも…!」
「え…?お兄様、一体何を言うのです‥?」
「それは…俺がヒルダの足の怪我の原因や火事を起こしたのはグレースのせいだと気が付いて、ルドルフと一緒にグレースの家に行って話をしたんだ。その後にイワンが自殺を…!俺があんな悪魔のようなグレースの元へルドルフを連れて行ったから‥!」
イワンが自殺してしまった事をルドルフが自分を責めているのをヒルダは知っていた。それはルドルフから聞かされていたからだ。
(知らなかった…お兄様がずっと自分を責めていたなんて…私が悲しめば悲しむほど…お兄様を苦しめてしまう事になるんだわ…)
未だにエドガーはヒルダをきつく抱きしめたまま、熱い涙を流している。そんな兄をそっと抱きしめるとヒルダは言った。
「ごめんなさい…お兄様…私、もう死にたいなんて言いません…」
「ヒルダ…ッ!」
ヒルダとエドガーはルドルフの墓標の前で、互いの涙が止まるまで抱き合って泣き続けた―。
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