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第4章 32 残りたくない理由

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「いいえ…お兄様‥私、『ロータス』へ帰ります」

「ヒルダ…」

「もう私のいるべき場所は…『ロータス』なのです‥。高校もアルバイトも…私の日常生活を送るべき場所は‥あそこなんです」

「ヒルダ、だがここにも高校はあるぞ?それは確かにヒルダが通う『セロニア学園』のような名門校は無いが子息令嬢達だけが通う高校だってあるし、何よりここに住んでいればアルバイトだってする必要は無い。俺は…出来れば『カウベリー』に残って欲しいんだ…ヒルダの事が心配だから…」

エドガーは声を振り絞るように言う。ヒルダの事が心配…。それは確かに事実である。だが、本当は愛するヒルダを自分の傍に置いておきたい気持ちが大半を占めていた。本当はヒルダに愛を告げたい。しかし、いくら血の繋がりが無いとはいえ、エドガーとヒルダは兄妹の関係である。そして婚約者のアンナは2人が実の兄妹だと思っているのだ。まして…恋人を失ったばかりの傷心のヒルダに思いを告げる等、そんな恐ろしい事はエドガーには出来なかった。そんな事をすれば、ヒルダの事もアンナの事も深く傷つける事になってしまうだろう。

(俺はヒルダに自分の思いを告げられない…。この先もずっと兄妹の関係は変わる事はないだろう。だけど…それでも俺はお前に傍にいて欲しいんだ…!)

エドガーはヒルダを抱きかかて歩きながら、尚も続ける。

「ヒルダ…母さんもヒルダが…ここに残ることを望んでいると…思うんだ‥」

卑怯な手を使っている自覚はあったが、エドガーはマーガレットの事を口にしてしまった。

「お母様が…」

ヒルダはポツリと言うが、次の瞬間両目から大粒の涙を流し始めた。

「す、すまん!ヒルダ。俺はお前を泣かせるつもりは…!」

ヒルダの涙を見てエドガーは焦った。

(しまった!俺は…自分の事ばかり優先してヒルダの気持ちを何も考えていなかった!)

「いいえ…。お兄様。私は我儘な人間です…。ここは私の大切な故郷‥大切なお父様やお母様、そしてお兄様がいらっしゃるのに…それでも私はもうここには住めません‥。だってあまりにも沢山、何年にもわたるルドルフとの思い出があるから‥‥。勿論『ロータス』でもルドルフの思い出はあるけれども、『カウベリー』の比ではありません…」

そしてエドガーの胸に顔をうずめ、悲し気にシクシクと泣きだした。

「ヒルダ…」

ヒルダの熱い涙がエドガーの胸を濡らしていく。

「すまなかった。ヒルダ…」

エドガーはヒルダの髪を撫でながら謝罪した―。



****

 ヒルダの部屋の前に着いたのでエドガーはヒルダを下ろすと言った。

「ヒルダ。明日は目が覚めるまで…ゆっくり寝るといい。ルドルフの墓へはヒルダの都合のよい時間に連れて行ってやるから」

「お兄様…でも本当に宜しいのですか?お仕事が忙いのではないですか?」

ヒルダはエドガーを見上げながら尋ねる。エドガーはフッと笑みを浮かべると言った。

「気にするな、ヒルダ。お前の為に時間を割くこと位何て事は無い。ヒルダは俺にとって大切な…」

エドガーはヒルダの金の髪に触れながら、途中で言葉を切った。

「お兄様…?」

「そう、大切な妹だからな」

エドガーは自分の心を押し殺しながら言う。

「ありがとうございます。お兄様」

「ヒルダ、それじゃまた明日な?」

「はい、お兄様。お休みなさい」

「お休み、ヒルダ」

そして2人はヒルダの部屋の前で別れを告げた。


エドガーの後姿を見送っていたヒルダはやがてドアノブを回して部屋に入った。
そしてベッドへ向かうとそのまま倒れ込んでしまった。

(疲れたわ…もう何も動きたくない…)

ヒルダは余りにも沢山悲しみ、泣きすぎて疲れ切っていた。入浴する気も失せていた。

「ルドルフ…もう一度貴方に会いたい…。名前を呼んで抱きしめて貰いたい…」

ヒルダは枕を抱きかかえて顔をうずめると、再び愛しいルドルフを思った。窓から差し込む月明りに照らされたベッドの上でヒルダは泣き疲れて眠るまで涙を流し続けるのだった―。






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