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第3部 第1章 1 診療所での会話

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 ヒルダが『カウベリー』から戻ってきて10日が経過していた。今朝の『ロータス』は普段よりは日差しが温かく、アパートメントから見下ろせるメインストリートは雪かきがなされ、歩道の隅に積み上げられていた。

「ヒルダ様、今日は道路が凍っていないようですよ?」

窓の外を見ながらカミラはミルクティーを飲んでいるヒルダに声を掛けた。

「本当?それなら今日はアルバイトに行くのにも歩きやすいかもしれないわね。」

カチャリとカップをソーサーの上に置くと、ヒルダは笑みを浮かべた。その姿は・・まるでカウベリーにいた頃のヒルダを彷彿とさせるものだった。

(良かったわ・・ヒルダ様。カウベリーに帰ってマーガレット様と会われた時に涙が戻ったと聞かされたけれども・・少しずつ笑顔も戻られてきたようで・・。)

 だが、ヒルダがたった数日で『ロータス』に戻ってきた時は驚いたし、最も衝撃を受けたのはカミラも会った事があるイワンとグレースの衝撃的な死の事件についてだった。カミラも新聞の地方版で『田舎町カウベリーでの痛ましい事件』という題名で17歳の少年の飛び込み自殺と、同じく17歳の少女が実の父親によって殺害されたと言う記事で、名前は書かれていなかったからだ。
そこへ突然戻って来たヒルダによって名前を聞かされた時は本当に驚いてしまった。

(お気の毒なヒルダ様・・・そのような事件が無ければ、もっと『カウベリー』にいる事が出来たのに・・。)

「どうしたの?カミラ。」

不意にヒルダに声を掛けられ、カミラは我に返った。どうやら自分自身の考えに没頭してしまっていたようだ。

「あ、い・いえ。何でもありません。」

「そう?それならカミラ、私そろそろアルバイトに行くわね。」

ヒルダは立ち上がると言った。

「ええ、ヒルダ様。私は今日仕事がお休みなので家の事は全てやっておきますのでお気になさらないで下さいね。」

「ありがとう。」

ヒルダはテーブルに置かれた手作りのロールサンドが入ったバスケットカゴをリュックに入れた。そして防寒コートに帽子にマフラー、そしてミトンを手にはめ、完璧な防寒対策をするとリュックサックを背負い、玄関へ向かった。

玄関の前に立つと立てかけてあった杖を手に取り、ヒルダはカミラを振り返ると笑顔で言った。

「それじゃ、カミラ。行ってくるわね?」

「はい、いってらっしゃいませ。」

ヒルダはカミラに手を振ると、ガチャリとドアを開けて外へ出た―。



 ガラガラガラガラ・・・・

アパートメントを出ると、すぐ目の前はもうメインストリートになっている。往来には人が行き交い、車道は大型バスや乗合馬車・・・様々な乗り物が走っている。

「本当に『ロータス』は賑やかな場所ね・・・。」

ヒルダは白い息を吐きながら、杖を突くとアレンの診療所を目指して歩き始めた―。


8時半―

アレンは薪ストーブに火をつけ、開院の準備を始めていた。

「今朝は少し寒さが緩いで良かったですね。」

看護師のレイチェルが煮沸消毒済みの包帯をクルクル巻き取りながら話しかけてくる。

「ああ、そうだな。今日みたいな気温なら・・ヒルダの足の痛みも少しは和らぐかもしれないな。」

火かき棒で薪ストーブの様子を見ているアレンにレイチェルは言った。

「ふふふ・・・やっぱりアレン先生はヒルダがアルバイトに来る日は機嫌が良さそうね?」

「は?一体君は何を言ってるんだ?」

アレンはレイチェルを見ると言った。

「あら、別に照れる事無いじゃないですか。アレン先生とヒルダは10歳しか年が変わらないのだから・・・お似合いだと思いますよ?」

「ヒルダを・・?まさか、俺は一度でも彼女をそんな風な目で見たことは・・。」

するとそこへ受付のリンダが奥のロッカールームから現れると言った。

「私もアレン先生とヒルダちゃんはお似合いだと思いますよ?ヒルダちゃんが高校を卒業する時にプロポーズされるんですよね?」

「あのなぁ・・・君たち。どうしてそんな話になるんだ?」

アレンは髪をかき上げながらためいきをついた。

「あら、だって先生・・いろんな患者さんからお見合い話を勧められても一度も首を縦に振った事無かったじゃないですか?だから患者さん達も皆噂してますよ?いつアレン先生はヒルダにプロポーズするのかって。それに最近のヒルダは笑うようになって、すごく綺麗になったし・・。」

レイチェルの言葉にアレンは溜息をついたが、不思議と嫌な気分にはならず、少しだけ幸せを感じるのだった―。
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