上 下
255 / 566

第12章 7 ハリスの気遣い

しおりを挟む
 エドガーとハリスは教会の中へ足を踏み入れた。
信心深い人たちが暮らすカウベリー。なので田舎の町ではあるけれども教会のつくりはとても立派だった。見上げる程に高い天井にはこの町に住むステンドグラス職人が作ったバラと十字架の大きなステンドグラスがはめ込まれている。上から吊るされたシャンデリアは厳かな雰囲気醸し出し、教会の左右の壁には細長いアーチ状の窓ガラスが等間隔にはめ込まれ、外の明かりをふんだんに取り入れている。

 教会の中には4台の石炭ストーブが置かれているが、それでも寒さを和らげる事は
出来ない。なので人々は皆帽子やマフラーを巻き付け、コートも脱がずに教会のベンチに静かに座って待っていた。

たった一人を除いては・・・。

「う・・うう・・・イワン・・イワン・・・どうして死んでしまったんだい・・お前が死んでしまったら・・この先、どうやって生きていけばいいっていうのさ・・・。」

人目もはばからず泣き崩れるイワンの母に、ある者は同情の目を・・・またある者は軽蔑の目を向けていた。その軽蔑の目を向けているのは・・・イワンが勤めていた駅の関係者達だった。彼らはイワンが駅のホームに飛び込み自殺したことに対して恨んでいたのだ。警察や取材陣が田舎の『カウベリー』駅に押し寄せ、さらし者にされた。自殺の原因は職場でのいじめなのではないかと疑われた。業務も止まってしまい・・・自殺した駅など使いたくないと言う町人達の声が聞こえてくる。
その為、駅員を代表して参列した大人達は自殺したイワンの母をイライラした目つきで睨み付けていたのだった。


 その様子に気付いたエドガーがハリスに小声で囁いた。

「一体何なのですか・・あの連中は・・たった1人きりの息子を亡くして悲しんでいる彼女をあんな目で睨み付けて・・・。」

するとハリスは言った。

「落ち着け・・・エドガー。領主として領民の心配をするのは良いことだが・・あの駅員たちだって・・ここ、『カウベリー』の領民たちなのだ。彼らにも彼らなりの言い分があるだろう・・。私たちは・・公平な目で彼らの生活を見守らなくてはならないのだ・・。自分の感情に流されては駄目だ。」

「わ・・分かりました・・・。」

エドガーは歯を食いしばり・・思った。

(そうか・・・だから、父は・・例え自分の娘であろうと・・領民たちの怒りを沈める為に・・・ヒルダの縁を切り・・カウベリーから追い払ったのか・・・。恐らく父も本当はヒルダを手放したくは無かったに違いない・・。)

先程のハリスは・・ほんの少しだけ自分の本音を吐き出したのだと言う事にエドガーは気づいた。ゆくゆくは自分がここ、『カウベリー』の領主になる。ハリスは明主としてもこの地域では名高い人物である。

(俺は・・父のような領主になれるだろうか・・。)

その時・・・・。

「ハリス様、エドガー様。」

不意に背後から2人は声を掛けられ、同時に振り向いた。するとそこには青白い顔をしたルドルフが立っていた。

「ルドルフ・・・。」

「おお・・やはり来たのだな?ルドルフ。」

ハリスが声を掛けた。

「はい・・・イワンは・・僕の友人でしたから・・・。」

「そうか・・。なら・・後で私の代わりにこれを渡してくれるか?」

ハリスが懐から封筒を渡してきた。その様子を黙って見届けるエドガー。

「ハリス様・・。これは・・?」

ルドルフは封筒を受け取ると尋ねた。

「小切手だよ・・・。中に金額が書いてある。私から個人的に渡すと角が立つからな・・イワンの親友として・・お悔やみの見舞金として・・君の名で渡しておいてくれるか?君の事だ・・きっと彼の母親と話をしようと思っていたのではないか?」

ハリスの言葉にルドルフは頷いた。

「はい・・・そうです・・。ではお預かりします。」

そしてルドルフはエドガーの隣に座り・・・3人は祭壇の最前列の席に座り、嗚咽しているイワンの母を沈痛な眼差しで見つめ、式が始まるのを静かに待つのだった―。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜

みおな
恋愛
 私は10歳から15歳までを繰り返している。  1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。 2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。  5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。  それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。

水無月あん
恋愛
本編完結済み。 6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。 王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。 私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。 ※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

処理中です...