上 下
116 / 566

2章 10 港のレストラン

しおりを挟む
「素敵なお店ですね。」

テーブル席に座ったカミラは向かい側に座るヒルダに言った。

「ええ、本当。とても素敵な御店よね。」

ヒルダは初めて食べるシーフード料理を上品に口に運びながら口元に笑みを浮かべた。

 フランシスに案内されてやって来たレストランは港の見える海沿いに建っている白塗りの壁の、それは豪奢な造りの建物だった。店内の窓はとても大きく、軒先につるされたランタンは夜のレストランをムードある雰囲気に演出している。
食事に来ている客層も何処か品がある人々ばかりだった。
そして一方のフランシスは・・・。
白いシャツに黒の蝶ネクタイ、黒いベストに黒のズボン、そして腰から下にかけての長いカフェエプロンを身に着け、厳しい両親の元で働かされていた。

「ほら!3番テーブルに早く運んでくれっ!ぐずぐずするんじゃ無いっ!」

フランシスを叱責するのは他でも無い、父であり、シェフでもあるこの店のオーナのハロルドである。

「は、はいっ!」

(くっそ~!!ヒルダを連れて来るんじゃなかったっ!折角ヒルダと同じテーブル席で食事が出来ると思っていたのに・・・飛んだ誤算だったっ!)

フランシスは己の運の悪さを呪った。今日は平日の中日だから客は少ないと思っていたのだが、考えてみれば本日は市制記念日だったのだ。今年で首都『ロータス』が誕生して丁度200年目の年に当たる特別な日で、この町の誕生に関わった人々の御先祖たちを祝う大切な日でもあったのである。
お陰で、何処のレストランも客で溢れかえり、海辺のレストランで特に人気のあるこの店は目も回るような忙しい日となっていた。

(お、俺の計画が・・・全てパアだ・・・。)

幼い弟妹達は従業員専用の休憩室に預けられ、この店で働く親戚の女性が面倒を見ており、その代役としてフランシスは働かされていたのである。
店内でオーダーを取り、めまぐるしく動き回るフランシスを見てヒルダは言った。

「何だか、かえって彼に悪い事をしてしまった気がするわ。まさか今日が市制記念日だったなんて思わなかったもの・・。」

シーフードピザを食べながらヒルダは言った。

「そうですね・・・。ご迷惑にならないよう、食べたらすぐに退席しましょう。」

「ええ・・・。」

ヒルダは元気なく返事をした。そんな様子のヒルダがカミラは気になり声を掛けた。

「ヒルダ様、お元気が無いようですが・・どうかされましたか?」

「え、ええ・・・。実は・・・手紙が届いていたのを見てしまって・・・。」

「手紙?」

「ええ、カミラ宛てに・・・お母様から・・・。」

「えっ?奥様からですかっ?!」

「ええ・・ごめんなさい。中身は見ていないのよ。ただ送り主が・・・お母様の名前だったから・・・。」

それだけ言うとヒルダは俯いた。

「そうでしたか・・・。」

「カミラ・・もうずっとお母様と手紙のやり取りをしていたの・・?」

ヒルダは顔をあげてカミラを見つめた。

「はい。1カ月に1度・・・奥様と手紙のやり取りをしておりました。ただ、旦那様に見つかるといけませんので、偽名を使って奥様と便りを出し合っていました。」

それを聞いたヒルダの顔は曇った。

「そう・・・お父様・・やっぱり私を許しては下さらないのね・・・。」

ヒルダは寂し気に言う。

「ヒルダ様・・・。」

「それで?フィールズ家は・・・何も変わりないのかしら?」

「そ、それは・・・っ!」

カミラは一瞬口を閉ざしたが、決心したように言った。

「ヒルダ様・・・。落ち着いて聞いて下さい。旦那様は・・・跡取りにする為に今年17歳になる少年を・・養子に引き取っております・・。もう・・・完全にヒルダ様の居場所は・・・っ!」

カミラは何かを堪えるように俯き、スカートを握りしめた。しかし、ヒルダはその様子をじっと見つめると言った。

「気にしないで、カミラ。私の居場所がとうに無くなってしまったのは、カウベリーを出た時からなのよ。帰る場所がないっていう事は・・・もうとっくに知っているわ。」

ヒルダは感情の伴わない笑みを浮かべるのだった—。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ
恋愛
身に覚えのない罪で婚約破棄のはずが、何故かヒロインを立派な令嬢にするために引き取ることになってしまった! 結果によってはやっぱり婚約破棄? 血の繋がりがない婚約者と子爵令嬢が兄妹?いったいどういう意味? 虐められていたのは本当?黒幕は別?混乱する公爵令嬢を転生兄妹が守り抜いたら、別の公爵令嬢に悪役フラグが立った!

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。 婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。 このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。 婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。 貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。 R15は保険、タグは追加する可能性があります。 ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。 24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。

【魅了の令嬢】婚約者を簒奪された私。父も兄も激怒し徹底抗戦。我が家は連戦連敗。でも大逆転。王太子殿下は土下座いたしました。そして私は……。

川嶋マサヒロ
恋愛
「僕たちの婚約を破棄しよう」 愛しき婚約者は無情にも、予測していた言葉を口にした。 伯爵令嬢のバシュラール・ディアーヌは婚約破棄を宣告されてしまう。 「あの女のせいです」 兄は怒り――。 「それほどの話であったのか……」 ――父は呆れた。 そして始まる貴族同士の駆け引き。 「ディアーヌの執務室だけど、引き払うように通達を出してくれ。彼女も今は、身の置き所がないだろうしね」 「我が家との取引を中止する? いつでも再開できるように、受け入れ体勢は維持するように」 「決闘か……、子供のころ以来だよ。ワクワクするなあ」 令嬢ディアーヌは、残酷な現実を覆せるのか?

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...