上 下
115 / 566

2章 9 ディナーに選ぶレストラン

しおりを挟む
夕方5時20分―

「ヒルダ様、ただいま帰りました。」

ヒルダが編み物に悪戦苦闘していると、玄関のドアが開かれ、カミラの声が聞こえてきた。

「お帰りなさい、今日も早かったのね?」

ヒルダが玄関まで出迎えると、そこには困り顔のカミラが立っていた。

「あら・・・?カミラ、どうしたの?」

するとカミラは言った。

「ヒルダ様・・・申し訳ございません。またしても・・・フランシス様が幼い弟妹と一緒に馬車で私を送って下さったのです。」

「あら、そうだったのね?でも私に謝る必要は何も無いじゃない。彼はとても親切な人なのね。」

しかし、それでもカミラは困った顔をしている。

「あ、あの・・・実はヒルダ様・・・。」

カミラが言いかけた時、背後でバタバタと足音が聞こえ・・・元気な声で呼びかけられた。

「ヒルダッ!今日も・・・そ、その・・様子を見に・・来たよ!」

顔を覗かせて来たのはフランシスだった。

そしてさらに足元からはフランシスの弟と妹が現れた。

「こんにちは、ヒルダお姉ちゃん!」

「こんにちは!」

弟と妹は交互に挨拶をする。そしてカミラは気まずそうに立っていた。
カミラは知っていたのだ。カウベリーでのあの事件から、ヒルダは心を閉ざし、なるべく人とは関わらずに静かに暮らしたいと思っている事を。だからフランシスの来訪をヒルダは快く思っていないと言う事も当然分かっていた。
しかし、そんなカミラの心配をよそにヒルダは2人の少年少女の頭を撫でた。

「こんにちは。2人供。」

そしてフランシスを見ると言った。

「ランドルフさん、今日も姉を送ってくれてありがとう。」

そして頭を下げた。

「い、いやっ!お礼を言う程の事じゃないってっ!実はカミラさんに聞いたんだよ。今夜は外食をするんだって?だから・・・両親が経営する店に・・一緒に行かないかなと思って・・・。」

フランシスは顔を真っ赤にさせながら言う。その様子を見たカミラは思った。

(フランシス様は・・・間違いなくヒルダ様の事を好きなんだわ・・・。だけど・・恐らくその恋は叶う事は・・・。)

カミラは知っていた。真夜中・・・時折、ヒルダが寝言でルドルフの名を呟いているのを。もう二度とカウベリーに戻る事を許されないヒルダ。自分の気持ちを押し殺し、冷たい態度でルドルフを突き放した時のヒルダの心情を思うと、本当に哀れでならなかった。

「ねえ、お姉さま。お姉さまはどうしたらいいと思う?」

ヒルダとカミラは世間には姉妹と公表している。なので人前ではヒルダはカミラの事をお姉さまと呼ぶようにしているのであった。

「そ、そうね・・・。フランシス様のご両親の経営されるレストランは有名なので、そこへ行ってみるのも良いかもしれないわ。」

カミラは笑みを浮かべながらヒルダに言った。

「えっ?!ほ、本当に・・・うちの店に来てくれるんですかっ?!」

フランシスはカミラに念押しした。

「ええ。今夜のディナーはランドルフ家のレストランに伺います。」

カミラの言葉にフランシスは大袈裟な位喜んだ。

「や・・・やったーっ!!まさか・・こんな夢みたいなことが・・・。」

しかしヒルダは何故フランシスがここまで喜びを露わにしているのか、その理由がさっぱり分からなかった。

(そんなに私とカミラが店に行くのが嬉しいなんて・・・やっぱり商売人の息子さんだからかしら?)

 一方のフランシスは自分が大喜びしている姿を見て、そんな風に思われているとは考えもしていなかった。

「よ、よしっ!それじゃ今すぐ行こうっ!うん、そうしようっ!」

フランシスは1人で考えが先走っている。

「え・・・?今から・・・?でも・・出掛ける準備はまだ何も出来ていないのだけど・・・?」

ヒルダはフランシスの申し入れに驚いた。

「大丈夫、俺達は馬車で待っているからヒルダとカミラさんはゆっくり準備してきなよ。ほら、行くぞ。チビ共。」

フランシスは2人の幼い弟妹を抱き上げると言った。

「あーっ!またチビって言った!」

「言ったーっ!」

「はいはい、分かった分かった。」

言いながらフランシスは階段を下りていき、やがてその声は聞こえなくなった。


「「・・・・。」」

ヒルダとカミラは少しの間、顔を見合わせ・・・カミラは言った。

「それでは・・出駆ける準備をしましょうか?ヒルダ様。」

「ええ、そうね。カミラ。」

そしてヒルダは頷いた―。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜

みおな
恋愛
 私は10歳から15歳までを繰り返している。  1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。 2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。  5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。  それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。

処理中です...