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1章 2 保険医アレン
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昼休み―
ヒルダは保健室の前に立っていた。
コンコン
ドアをノックするとガチャリと開かれ、中からこの学園の若き保険医、エミリオ・アレンが姿を見せた。この人物は週に一度だけ学園の勤務医として訪れる医者で、普段は開業医として皮膚科と整形外科を専門にロータスの町で診察をしている。
「こんにちは、アレン先生。」
「ああ。来たな、ヒルダ。それじゃ中へ入りなさい。」
「はい、失礼します。」
ヒルダが中へ入るとアレンはドアを閉めた。
「ヒルダ、それじゃいつものリハビリを始めるぞ。」
「はい、よろしくお願いします。」
ヒルダは頭を下げると、早速用意されていた椅子に座った。
ヒルダは左足のハイソックスを脱いだ。するとそこからは縦に大きな痛々しい傷跡が顔を覗かせる。ヒルダの足は色白で細い。だから尚の事、傷跡が痛々しく見える。
アレンはヒルダの左足を見ながら言った。
「ヒルダ、私が処方した軟膏は毎日塗っているか?」
「はい、塗っています。」
「後、どれくらい持ちそうだ?」
ヒルダは少し考えながら言った。
「そうですね・・あと1瓶残っているので半月は持つかもしれません。」
それを聞いたアレンは満足そうに頷くと言った。
「よし、分った。それじゃ明後日までに軟膏を作って用意しておくから私の診療所へ来るんだぞ?」
「はい、必ず伺います。先生のお陰で大分私の足も以前に比べて痺れも取れてきましたし、かなり動かせるようになりました。」
ヒルダは淡々と感謝の意を述べた―。
ヒルダがこの学園でアレンに出会ったのは本当に偶然だった。学園に入学して間もない頃、ヒルダは何所の派閥にも属さないという理由で早速貴族派閥に目を付けられたのだ。
何所の派閥にも属さない学生はヒルダ以外にもいたのだが、ヒルダのその人目を引く美貌、全く感情の伴わない性格が貴族派閥の令嬢達に目を付けられてしまったのだ。
そして事件は起こった。
ヒルダには今の処、友達と呼べる存在は1人もいなかった。最も誰かと親しくなりたいと思う気持ちも寂しいと思う感情もヒルダはすっかり無くしてしまっていたのだ。
ヒルダが心を許せる相手はカミラとカミラの姉夫婦のみであった。
それ程までにカウベリーでの辛い出来事はヒルダの心を凍り付かせてしまったのだ。
そんなある日、いつものように杖を突きながら次の授業が行われる教室へと向かっていると、突然前方から数名の貴族派閥の女生徒達が現れ、1人の女生徒が通りすがりにわざとヒルダにぶつかって来た。
「あっ!」
バランスを崩したヒルダは廊下に倒れてしまった。
「あーら、ごめんなさい。転んじゃったわね?」
ぶつかって来た女生徒がクスクス笑いながら言った。
「どうしてわざとぶつかって来たの?」
ヒルダは床に座り込んだままその女生徒を見上げた。
「あら、別にわざとじゃないわよ。貴女の姿に気付かなかったのよ?痛かった?ごめんなさいね?」
女生徒は腕組みしながら言う。すると別の女生徒が声を掛けてきた。
「大丈夫、立てるかしら?」
そしてヒルダに手を伸ばしてきた。
「・・・。」
ヒルダが黙っていると女生徒は言った。
「ほら、つかまって?」
ヒルダが手を伸ばすと、女生徒はヒルダの手をしっかり握りしめて引っ張り・・今度はパッと手を放した。
「キャッ!」
ドサッ!
今度はヒルダはお尻から床に落ちてしまった。
「いった・・・・。」
思わずヒルダが打ち付けた腰をさすっていると、突然廊下から白衣を着たアレンが現れた。そこはたまたま医務室の前だったのだ。
「君達ッ!一体何をしているんだっ?!」
「キャアッ!」
突然現れた保険医のアレンに驚いた彼女たちは慌てて逃げ出してしまった。
後に残されたのはヒルダとアレンのみ。
「君、大丈夫か?」
アレンがヒルダに近づくと声を掛けてきた。
「はい、大丈夫です・・・。」
ヒルダは床に落ちていた杖を拾い上げると、ゆっくりと立ち上がった。その様子を見てアレンは息を飲んだ。
「君、足が・・・・。」
「・・・。」
ヒルダは俯いたまま返事をしない。
これがヒルダとアレンの始めての出会いだった―。
ヒルダは保健室の前に立っていた。
コンコン
ドアをノックするとガチャリと開かれ、中からこの学園の若き保険医、エミリオ・アレンが姿を見せた。この人物は週に一度だけ学園の勤務医として訪れる医者で、普段は開業医として皮膚科と整形外科を専門にロータスの町で診察をしている。
「こんにちは、アレン先生。」
「ああ。来たな、ヒルダ。それじゃ中へ入りなさい。」
「はい、失礼します。」
ヒルダが中へ入るとアレンはドアを閉めた。
「ヒルダ、それじゃいつものリハビリを始めるぞ。」
「はい、よろしくお願いします。」
ヒルダは頭を下げると、早速用意されていた椅子に座った。
ヒルダは左足のハイソックスを脱いだ。するとそこからは縦に大きな痛々しい傷跡が顔を覗かせる。ヒルダの足は色白で細い。だから尚の事、傷跡が痛々しく見える。
アレンはヒルダの左足を見ながら言った。
「ヒルダ、私が処方した軟膏は毎日塗っているか?」
「はい、塗っています。」
「後、どれくらい持ちそうだ?」
ヒルダは少し考えながら言った。
「そうですね・・あと1瓶残っているので半月は持つかもしれません。」
それを聞いたアレンは満足そうに頷くと言った。
「よし、分った。それじゃ明後日までに軟膏を作って用意しておくから私の診療所へ来るんだぞ?」
「はい、必ず伺います。先生のお陰で大分私の足も以前に比べて痺れも取れてきましたし、かなり動かせるようになりました。」
ヒルダは淡々と感謝の意を述べた―。
ヒルダがこの学園でアレンに出会ったのは本当に偶然だった。学園に入学して間もない頃、ヒルダは何所の派閥にも属さないという理由で早速貴族派閥に目を付けられたのだ。
何所の派閥にも属さない学生はヒルダ以外にもいたのだが、ヒルダのその人目を引く美貌、全く感情の伴わない性格が貴族派閥の令嬢達に目を付けられてしまったのだ。
そして事件は起こった。
ヒルダには今の処、友達と呼べる存在は1人もいなかった。最も誰かと親しくなりたいと思う気持ちも寂しいと思う感情もヒルダはすっかり無くしてしまっていたのだ。
ヒルダが心を許せる相手はカミラとカミラの姉夫婦のみであった。
それ程までにカウベリーでの辛い出来事はヒルダの心を凍り付かせてしまったのだ。
そんなある日、いつものように杖を突きながら次の授業が行われる教室へと向かっていると、突然前方から数名の貴族派閥の女生徒達が現れ、1人の女生徒が通りすがりにわざとヒルダにぶつかって来た。
「あっ!」
バランスを崩したヒルダは廊下に倒れてしまった。
「あーら、ごめんなさい。転んじゃったわね?」
ぶつかって来た女生徒がクスクス笑いながら言った。
「どうしてわざとぶつかって来たの?」
ヒルダは床に座り込んだままその女生徒を見上げた。
「あら、別にわざとじゃないわよ。貴女の姿に気付かなかったのよ?痛かった?ごめんなさいね?」
女生徒は腕組みしながら言う。すると別の女生徒が声を掛けてきた。
「大丈夫、立てるかしら?」
そしてヒルダに手を伸ばしてきた。
「・・・。」
ヒルダが黙っていると女生徒は言った。
「ほら、つかまって?」
ヒルダが手を伸ばすと、女生徒はヒルダの手をしっかり握りしめて引っ張り・・今度はパッと手を放した。
「キャッ!」
ドサッ!
今度はヒルダはお尻から床に落ちてしまった。
「いった・・・・。」
思わずヒルダが打ち付けた腰をさすっていると、突然廊下から白衣を着たアレンが現れた。そこはたまたま医務室の前だったのだ。
「君達ッ!一体何をしているんだっ?!」
「キャアッ!」
突然現れた保険医のアレンに驚いた彼女たちは慌てて逃げ出してしまった。
後に残されたのはヒルダとアレンのみ。
「君、大丈夫か?」
アレンがヒルダに近づくと声を掛けてきた。
「はい、大丈夫です・・・。」
ヒルダは床に落ちていた杖を拾い上げると、ゆっくりと立ち上がった。その様子を見てアレンは息を飲んだ。
「君、足が・・・・。」
「・・・。」
ヒルダは俯いたまま返事をしない。
これがヒルダとアレンの始めての出会いだった―。
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