嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

第7章 12 傷ついたルドルフ

　ルドルフはすっかり落胆した気持ちで自転車を押して、ノロノロと歩いていた。そこをカミラが追いかけてきた。

「ルドルフ様っ、ヒルダ様はどうでしたか？会ってお話が出来ましたか？」

しかしルドルフは俯いたまま返事をせずに、黙って歩き続けている。

「ルドルフ様っ！」

カミラが自転車の前に回り込むと、ようやくルドルフは顔を上げてカミラを見た。
その瞳は涙で濡れていた。

「ルドルフ様・・・。」

ルドルフは片手で涙をぬぐうと言った。

「・・色々・・お世話になりました・・。もうここへは二度と来ません・・・。ありがとうございました・・。」

そしてグッと唇を噛みしめた。

「そ、そんな・・・ルドルフ様・・！ヒルダ様を見捨てる気ですかっ？！」

カミラは思わずルドルフの袖を掴んでいた。

「違いますっ！見捨てたのは・・・ヒルダ様ですっ！僕がどんなにヒルダ様を思っているか訴えても・・・ヒルダ様の耳には何一つ届くことが無かった・・・それだけの事です。もう・・・愛する人にこれ以上傷つけられるのは僕は・・耐えられません・・！」

ルドルフはそれだけ言うと、自転車に飛び乗り走り去ってしまった。

「待って下さいっ！ルドルフ様っ！」

カミラの叫び声だけが辺りに響き渡った―。



コンコン

ヒルダがベッドの中で泣きぬれていた時、再びドアがノックされた。

「誰・・・？」

（まさか・・ルドルフ・・戻って来てくれたの・・？）

僅かな期待に胸を膨らませ、ヒルダはドアに向かって声を掛けた。

「私です、カミラです。昼食をお持ちしました。」

「ああ・・もうそんな時間立ったのね・・・。」

ヒルダは溜息をついた。食欲などは皆無だった。あの火事の事件以来、ヒルダは全く食欲を失ってしまっていた。体はやせ細り、肌の色は青ざめている。カミラはそんなヒルダが心配でたまらなかった。なので栄養を付けてもらおうと、ヒルダの好きな食事を運んでいるのだが、それでもヒルダの食は進まなかった。

ガチャリ・・・。

ドアを開けると、そこには食事の乗ったトレーを持ったカミラがそこに立っていた。

「ヒルダ様・・・泣いてらしたのですか・・・？」

カミラが顔を悲し気に歪めつつ、ヒルダに尋ねた。

「あ・・・分かっちゃった・・？」

ヒルダは目をゴシゴシこすりながらカミラを見た。

「お食事・・・テーブルに置きますね。」

カミラは部屋の中央に置かれている丸テーブルの上にトレーを置くと、ヒルダに言った。

「さ、ヒルダ様。召し上がって下さい。」

椅子に座ったものの、ヒルダは食事に手を付けようとはしない。

「ヒルダ様、食べなければ体力が戻りません。このままでは衰弱死してしまいますよ？こんなに手首も細くなってしまって・・・。」

ヒルダの手に触れながらカミラは言った。

「でも・・・少しも食欲が沸かないのよ・・・。いっそ・・このまま死んでしまっても・・・。」

「ヒルダ様っ！何て事を言うのですかっ？！冗談でも決してそんな台詞を言ってはいけませんっ！私達使用人は・・・皆ヒルダ様の事を心配しています！奥様もどれ程心を痛めているか・・・！」

ヒルダはカミラがここまで大きな声を出すのを今まで一度も見たことが無かった。カミラの目にはうっすら涙が浮かんでいる。

「カミラ・・・ッ！」

カミラはヒルダの両手をそっと包み込むと言った。

「ヒルダ様、今の旦那様は決してヒルダ様の事をお許しにならないでしょう。後3週間以内にヒルダ様はここを出て行かなくてはならないのですよ？その為には・・しっかり栄養を取って、体調を整えておく必要があります。」

「だけど・・・私1人でなんて・・生きていけるはずがないわ・・・。」

ヒルダは再び目に涙を浮かべた。するとカミラは言った。

「いいえ、ヒルダ様。貴女を1人きりには致しません。私も・・・ヒルダ様について行きます。実は・・もうヒルダ様の新しく住む場所と、学校を奥様と話し合って決めてあるのです。」

「え・・・？」

ヒルダはその言葉に顔を上げてカミラを見つめた―。