記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした

第57話 王子の勘違い

「それで？一体俺のせいでどんな不名誉な噂を立てられているですって？」

ジョンはベルナルド王子の方を見ようともせずに、ビーフシチューを口にしながら尋ねてきた。

「お、お前…空腹の人間の前でよくも図々しく食事が出来るな…」

ベルナルド王子は殺気がこもった目でジョンを睨みつけている。…やはり食べ物の恨みというのは恐ろしい。私は慌てて手にしていたスプーンを離した。

「どうした？もう食べるのをやめるのか？」

そんな私を見て不思議そうに尋ねて来るジョン。

「いいえ。そうではないわ。ただ…お腹をすかせて食事が届けられるのを待っているベルナルド王子の前で美味しそうに食事を摂るのはあまりにも失礼では無いかしらと思って、やめることにしたのよ」

「ユリア…お前…」

王子が感心？したような目で私を見る。

「そうか？別に気にすることはないだろう？どうせベルナルド王子の腰巾着達が食事を運んでくるだろうから」

何と、ジョンは私が心のなかで思っていた『腰巾着』という単語をベルナルド王子の前で使ってしまった！

その時―。

「誰が腰巾着だって？」

いつに間に、料理を運んできたのだろう。そこにはAランチが乗ったトレーを手にした3人の腰巾着達が立っていた。

「言っておくが、俺達だって好きで仕えているわけじゃない！」
「ああ、そうだ。親の命令だから仕方なく仕えているのだ」

マテオ以下、2名の腰巾着達が口々にジョンに文句を言う。

「何？！お前たち…俺に人望があるから仕えているのでは無かったのか？」

驚くベルナルド王子。

「はぁ？ふざけないで頂きたい。そんなはず無いでしょう？」

銀の髪の青年がふてくされたように言う。

「ほら、冷めないようにさっさと食べてくださいよ」

青い髪の青年が王子の前にAランチが乗ったトレーをガチャンと乱暴に置く。危うくシチューが飛び散って、制服につきそうになった。私はセーフだったが、ベルナルド王子の制服の袖口にはシチューが飛び散る。

「おい！乱暴に置くな！シチューが飛び散っただろうっ？！」

ペーパーナフキンでシチューの汚れを取りながら当然のように文句を言うベルナルド王子。

「文句を言うなら、初めから俺達に頼まなければいいでしょう？」

マテオが仏頂面で言いながら、着席した。

「何だとっ？！」

眉間にシワが寄るベルナルド王子。…全くどれだけベルナルド王子は嫌われているのだろう。そして向かい側に座るジョンを見ると、一心不乱に食事をしている。ジョンはそれほどまでに空腹だったのだろうか？

「ふぅ～…旨かった」

食事を終えたジョンは今から食事を始めるベルナルド王子に声を掛けた。

「それで？王子。先程の話の続きを聞かせて頂けませんかね？一体俺のせいでどんな不名誉な噂を立てられているですか？」

「あ、ああ。その話か…。お前たち、当事者のくせに知らないのか？昨日、ユリアが焼いた差し入れのケーキの受け取りを俺が拒否したと言うデマ話だ」

え？
そう言えば今朝…似たような話をテレシアから聞かされている。

「俺はお前からのケーキの差し入れを無碍に断り、酷く悲しませたそうだ。そして悲しみに暮れるお前の姿を見ていた男が不憫に思い、俺の代わりにお前からケーキを受け取ったと言う作り話が広がっているんだぞ？！何故そんなでたらめ話を広げたんだ」

「ええっ？！そ、そんな話していませんよっ！」

冗談じゃない。何故私がそんな作り話を…ってまさか…。

「ジョン…」

私は恨みを込めた目でジョンを見る。しかしジョンは私の視線を無視して立ち上がるとベルナルド王子に言った。

「それくらいの作り話、真に受ける事は無いでしょう。それじゃ食事も済んだことなので、我々はもうこれで失礼致します。行くぞ、ユリア」

そしてトレーを持ってさっさと返却口に行ってしまう。

「え？ちょ、ちょっと待ってよ」

冗談じゃない、１人残されて彼らの餌食？にされるなど御免だ。

「申し訳ございません、失礼致しますっ！」

「おいっ！ユリアッ！待てっ」

ベルナルド王子の静止する声を振り切り、トレーを持つと私も急いでジョンの後を追った―。