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川口直人 81

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 仕事からマンションに帰宅したのは20時を過ぎていた。帰って来ると風呂に入り、部屋着の上下のスウェットに着換えてエプロンをしめるとキッチンに立った。
そして手早く料理を始めた。
今夜の料理はミートソースパスタだ。ミートソースは仕事が休みの日にまとめて作り置きし、小分けして冷凍保存してある。それを取り出すと、まずは大なべに湯を沸かしてたパスタをゆで始めた。その間にレタスをちぎり、キュウリをスライスして皿にもりつけて、ミニトマトを添える。次にミートソースをレンジで加熱している間にパスタの湯で具合を確認する。

「…よし、こんなものか」

パスタの湯を切って、深めの皿に入れて温めたミートソースを掛けると、トレーにサラダとパスタを乗せて部屋へと運ぶ。

テーブルの上にトレーを乗せるとすぐにテレビをつけて食事を開始した。
テレビはあまり面白くも無いバラエティ番組をやっている。
鈴音と交際していた頃はあまりテレビをつけたことは無かった。2人で向き合って料理を食べ…会話を楽しんだ。

あの時は…本当に幸せだった。この幸せがずっと長く続くと思っていたのに、常盤家によって俺達は引き離されてしまった…。

「鈴音…」

食事をしながら思わずポツリと呟く。今頃鈴音はどうしているのだろう…。
これから俺は常盤恵理に電話を掛けなければならないのに、鈴音の事ばかり考えていた。

「…御馳走さま」

1人きりの食事を終え、食べ終えた食器を持ってキッチンへ向かうと後片付けを始めた。
全ての食器をや調理器具を洗い終えて、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出して再び部屋に戻るとプルタブを開けた。

プシュッ!

音を立てて蓋が開くと、ビールを煽る様に飲んだ。…これから憂鬱な相手に電話を入れなければならないのだ。とてもシラフの状態では電話出来そうに無かった。

「ふぅ~…」

トン

ガラステーブルの上に飲み終えた缶ビールを置くと、スマホに手を伸ばし…常盤恵理に電話を掛けた。

トゥルルルルル…
トゥルルルルル…

「…出ないな…」

結局5コール目まで待っても電話に出る気配は無かったので電話を切ると、2本目の缶ビールを取りに行く為に立ち上がった時、不意に着信音が流れて来た。着信相手を見ると、案の定常盤恵理からだった。

「参ったな…」

そこで渋々俺はスマホをタップした。

「もしもし…」

『もしもし、直人?今電話したでしょう?』

「ああ、したよ」

『何ですぐに電話を切ったのよ』

「は?」

聞き捨てならないことを言われた。

「どこがすぐになんだ?5コール待って出なかったから電話を切っただけじゃないか」

『たったの5コール目でしょっ!しかも何よっ!仮にも婚約者である私に…2週間以上も電話してこなかったじゃないの!始めに言ったわよね?毎日1日2回掛けて来るようにって!』

そう言えば、そんな約束をさせられていたけれども…鈴音に嫌がらせを働いた事を知り、もう電話を掛ける気力は無くしていた。

「…悪かった。色々忙しくて…」

『ふん、まぁいいわ。電話を掛けて来ただけマシよね。それで?どんな用事があって掛けて来たのかしら?』

「別に用事は無い。ただ常盤社長に言われて電話を掛けて来ただけだから」

俺はわざと常盤恵理が機嫌を悪くするような事を言った。何故なら俺には確信があったからだ。…きっと恐らく常盤恵理はもう鈴音には手を出さないだろと言う確信が…。それは俺が電話連絡を怠っていたのに無反応だったからだ。


『な、何よっ!本当に失礼な人ねっ!切るわっ!』

電話越しからヒステリックな喚き声が聞こえ、突然プツリと電話は切られた。

「全く…嫌な女だ…」

俺は2杯目の缶ビールを取りに台所へと向かった。

そして再び和也からの連絡が入って来る―。



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