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川口直人 1 (※この章から少し大人向けになります)
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午前4時半―
「…はっ」
ふと、まだ夜が明けきらぬ薄暗いホテルの部屋で目が覚めた。悪夢を見てうなされて目が覚めたのだ。鈴音と強引に引き離されてしまったあの時の悪夢を…。
「ゆ、夢か…」
思わず安堵のため息をついた時、傍らに温もりを感じて視線を移した。するとそこには愛しい鈴音が寄り添うように静かな寝息を立てて眠っている。
「鈴音…」
眠っている鈴音の柔らかな髪にそっと触れる。長いまつ毛に縁どられた鈴音の眠っている顔はとても美しかった。今、再び鈴音が傍にいてくれる…まるで夢の様に幸せだ。しかも今の俺と鈴音は恋人同士なんかじゃない。昨日、2人は結婚式を挙げて正式な夫婦となったのだから。
「鈴音…」
眠っている鈴音を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
「う…ん…」
その時、鈴音がパチリと目を開けた。
「直人…さん…?」
まだ眠そうな瞳で俺を見ている。
「ごめん…起こしちゃったかな?」
鈴音の髪に触れながら言う。
「ううん…大丈夫だよ…」
鈴音が笑みを浮かべた。
「愛してるよ。鈴音」
さらに鈴音を抱き寄せると耳元で愛を囁く。
「私も…直人さんの事、愛してる」
俺の首に腕を回して鈴音が言う。
やがて俺達はどちらともなく、口付けし…再び身体を重ねた―。
****
鈴音と初めて出会ったあの日の事は、決して忘れる事は無いだろう。
それは社会人になってまだ1年目のクリスマスイブの出来事だった―。
俺は都内にある引っ越し会社の新入社員として働いていた。就職する時は父に猛反対された。なぜ会社を引き継がないのだと散々責められたけど、親の敷いたレールの上を歩きたくは無かったからだ。そこで半ば父への反発心から肉体労働の引っ越し会社に入社した。仕事は正直言って、かなりきつかったけれども遣り甲斐を見出していた―。
「おはようございます」
朝8時。何時もの様に新小岩駅前にある会社に出社してくると早々に会社の先輩が声を掛けて来た。
「川口、今日は10時に錦糸町のタワーマンションから新小岩のマンションに引っ越し依頼が入っている。お客は23歳の女性だ。しかも引っ越し先の住所はお前の家の近所じゃないか?」
先輩は顧客情報の書類をヒラヒラさせながら言う。
「え?本当ですか?見せて下さい」
「ああ、いいぜ」
先輩は書類を渡してくれた。早速書類に目を通すと確かに先輩の言う通りだった。
「先輩…近所どころじゃありません。お隣のマンションですよ」
「へぇ~。凄い偶然だな。しかし…タワーマンションから引っ越しか。しかもこのマンションの名義人と依頼主の名前は別々で、自分一人だけ出て行くみたいだ。ひょっとすると同棲相手の男から捨てられでもしたか?」
…先輩の妄想はとどまるところをしらない。半ば呆れた顔で先輩を見ていると、本日一緒に仕事をするもう1人の先輩が現れた。
「何だ?2人でどんな話をしているんだ?」
「いや、それが聞いてくれよ。今日のお客の事なんだが…」
今度は先輩同士の話が盛り上がり始めた。そんな二人の様子を横目で眺め、作業着であるユニフォームに着がえる為にロッカールームに入り、着がえを始めた。
…依頼主の名前は加藤鈴音。俺と同じ23歳。
クリスマスイブの日に引っ越しなんて…きっと深い事情があるに違いないだろう。
まだ会った事も無い依頼主に俺は早くも興味を抱いていた―。
「…はっ」
ふと、まだ夜が明けきらぬ薄暗いホテルの部屋で目が覚めた。悪夢を見てうなされて目が覚めたのだ。鈴音と強引に引き離されてしまったあの時の悪夢を…。
「ゆ、夢か…」
思わず安堵のため息をついた時、傍らに温もりを感じて視線を移した。するとそこには愛しい鈴音が寄り添うように静かな寝息を立てて眠っている。
「鈴音…」
眠っている鈴音の柔らかな髪にそっと触れる。長いまつ毛に縁どられた鈴音の眠っている顔はとても美しかった。今、再び鈴音が傍にいてくれる…まるで夢の様に幸せだ。しかも今の俺と鈴音は恋人同士なんかじゃない。昨日、2人は結婚式を挙げて正式な夫婦となったのだから。
「鈴音…」
眠っている鈴音を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
「う…ん…」
その時、鈴音がパチリと目を開けた。
「直人…さん…?」
まだ眠そうな瞳で俺を見ている。
「ごめん…起こしちゃったかな?」
鈴音の髪に触れながら言う。
「ううん…大丈夫だよ…」
鈴音が笑みを浮かべた。
「愛してるよ。鈴音」
さらに鈴音を抱き寄せると耳元で愛を囁く。
「私も…直人さんの事、愛してる」
俺の首に腕を回して鈴音が言う。
やがて俺達はどちらともなく、口付けし…再び身体を重ねた―。
****
鈴音と初めて出会ったあの日の事は、決して忘れる事は無いだろう。
それは社会人になってまだ1年目のクリスマスイブの出来事だった―。
俺は都内にある引っ越し会社の新入社員として働いていた。就職する時は父に猛反対された。なぜ会社を引き継がないのだと散々責められたけど、親の敷いたレールの上を歩きたくは無かったからだ。そこで半ば父への反発心から肉体労働の引っ越し会社に入社した。仕事は正直言って、かなりきつかったけれども遣り甲斐を見出していた―。
「おはようございます」
朝8時。何時もの様に新小岩駅前にある会社に出社してくると早々に会社の先輩が声を掛けて来た。
「川口、今日は10時に錦糸町のタワーマンションから新小岩のマンションに引っ越し依頼が入っている。お客は23歳の女性だ。しかも引っ越し先の住所はお前の家の近所じゃないか?」
先輩は顧客情報の書類をヒラヒラさせながら言う。
「え?本当ですか?見せて下さい」
「ああ、いいぜ」
先輩は書類を渡してくれた。早速書類に目を通すと確かに先輩の言う通りだった。
「先輩…近所どころじゃありません。お隣のマンションですよ」
「へぇ~。凄い偶然だな。しかし…タワーマンションから引っ越しか。しかもこのマンションの名義人と依頼主の名前は別々で、自分一人だけ出て行くみたいだ。ひょっとすると同棲相手の男から捨てられでもしたか?」
…先輩の妄想はとどまるところをしらない。半ば呆れた顔で先輩を見ていると、本日一緒に仕事をするもう1人の先輩が現れた。
「何だ?2人でどんな話をしているんだ?」
「いや、それが聞いてくれよ。今日のお客の事なんだが…」
今度は先輩同士の話が盛り上がり始めた。そんな二人の様子を横目で眺め、作業着であるユニフォームに着がえる為にロッカールームに入り、着がえを始めた。
…依頼主の名前は加藤鈴音。俺と同じ23歳。
クリスマスイブの日に引っ越しなんて…きっと深い事情があるに違いないだろう。
まだ会った事も無い依頼主に俺は早くも興味を抱いていた―。
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