上 下
55 / 61

第55話 せめて最期は…

しおりを挟む
 月明りで青白く照らされた城の廊下は血にまみれていた。城の内部はむせかえるような血の匂いが充満し、血だまりの中には無数の骸骨が転がっている。

ピチャッ
ピチャッ…

 
 そんな血の海の中を私は1人、フラフラと歩いていた。目指す場所はかつて父と母の3人で同じ時間を共に過ごしたお気に入りの広間…。そこで私と母は2人で並んでピアノを弾き、父がその音色を楽しんだ…思い出の広間―。


ガチャ…

広間の扉を開けて、中へ入るとその空間だけは何所も荒らされた形跡も無く、惨劇の跡も無かった。

「フフフ…この部屋だけは…醜い血で汚される事は無かったのね…」

私はピアノの前に座り、鍵盤の蓋を開けた。

ポロン…

叔父家族がこの城に乗り込み、私が離れへ追いやられていた間にピアノの調律は狂っていた。ヘルマはピアノが弾けなかったので誰も気にかけてはくれなかったのだ。

「このままでは弾けないわね…」

 私は魔力を使って、ピアノの調律を戻すとすぐにピアノを弾き始めた。最初は父が大好きだったピアノ曲。今や誰も聞く人がいない城の中で、ただ1人私はここでピアノを弾き続ける。自分の最期を迎えるその時まで…。

 彼等に対する復讐を計画した時から、最期はこの城と共に一緒に燃えて朽ち果てようと決めていたのだ。

 いくら直接手を下さなかったとはいえ、私は狼たちを使って数多の人々を残虐に殺してしまった。もはや私のような大罪人は生きていてはいけな。だからここで…この城と運命を共にして死ぬつもりだ。

 魔女と化し、このうえない残虐な方法で大量殺人を行った私は父と母のいる神の身許に行く事は絶対出来ないだろう。それならせめて両親と楽しい日々を過ごしたこの城で自分の人生を終わりにしたい。家族3人で幸せな時を過ごしたこの部屋で大好きなピアノを弾きながら…。

 父の好きだったピアノを弾き終えた頃には大分城の中に火の手が回って来ていた。窓から城の向かい側の塔が見えるが、既に真っ赤な炎に包まれている。

「後2曲位は弾けるかしら…?」

そして私は次に母が大好きだったピアノ曲を弾き始める。そしてピアノを弾きながらふと思った。
そう言えば…ジークハルトは一度も私のピアノの演奏を聞いたことは無かった。「貴方の為にピアノを演奏したい」といくら私が言っても彼はいつもやんわりと断っていた。今にして思えば魔女の私が弾くピアノの演奏等彼は聴きたくも無かったのだろう。

「フフフ…。ジークハルト様…聴いてくれていますか…?私のピアノの演奏を…。出来れば貴方が生きている間にお聴かせしたかったです…」


バリーンッ!
バリーンッ!

あちこちで炎にまかれ、窓ガラスが割れる音がし始めて来た。…意外に火の手が回るのが早そうだ。

「最後に引く曲は…『葬送』」

私はポツリと呟いた。これは…この城で死んで逝った人々へ贈る曲であり…この城で最期を迎える自分に向けた曲でもある。

私は深呼吸すると、恐らく最後の演奏曲である『葬送』を弾き始めた―。


しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

処理中です...