上 下
54 / 108

3章5 新しい自分として

しおりを挟む
――午前8時

鏡の前に向かって、自室で出掛ける準備をしていると部屋の扉がノックされた。

『クラリス、私だ。入ってもいいかい?』

「はい、どうぞ」

顔を上げて返事をすると扉が開かれ、先生が姿を現した。

「もう出かける準備は終わったようだね」

「はい、先生」

返事をすると、先生が顔をしかめる。

「コラ、先生じゃないだろう?」

「あ……そうでしたね、お兄様」

「そう。君はクラリスとなったあの日から、私の妹になったのだからね」

「すみません。自分の名前は大分慣れたのですけど……まだ、お兄様と呼ぶのは慣れていなくて」

「いいよ。そのうち慣れるだろう。それに今日から君は『ニルヴァーナ』大学の寮生として暮らしていくのだからね。そうなるとあまり会う機会も無くなってしまうし。ところで勉強の方は大丈夫そうかな?」

「はい。何とかついていけると思います」

私の言葉に先生……もとい、兄は満足そうに笑う。

「そうだね、クラリス。君は本当に優秀だ。それに12歳で6年間も眠り続けていたとは思えないくらい精神年齢もしっかりしている。年相応にみえるよ」

「ありがとうございます」

精神年齢が年相応なのは当たり前だ。今の私は前世の頃と、ほぼ同じ年齢に達しているのだから。

勉強の方も同じだ。
ここが日本で作られたゲーム『ニルヴァーナ』の世界だからであろう。学習内容も私が今まで学んできたことと、殆大差が無かったのだ。

「だけど、この3ヶ月君は良く頑張ったね。初めは身体を動かすこともままならなかったのに、一生懸命リハビリを頑張って普通の生活が出来るようになったのだから。本当に努力家だ。兄として誇りに思うよ」

兄は笑いながら、私の頭を撫でる。初めはこの態度に戸惑いもあったが、今では大分慣れてきた。
何しろ3ヶ月間、このレナー伯爵邸で一緒に暮らしてきたのだから。

「それでお兄様、入学式に行く時間はまだ早いですが……何か他に用事でもあったのですか?」

「そう、そのことだけどね……君の両親が来たんだよ。寮生活に入る前に、会っておきたいって」

「え!? お父様とお母様が!?」

私は思わず声を上げてしまった。


****


 両親は応接室に通されていた。

「お父様! お母様!」

部屋に飛び込むと、2人は驚いたように立ち上がった。

「「ユニスッ!!」」

最初に父が私を抱きしめてきた。

「ユニス、会いたかったよ。元気だったか?」

「はい、お父様」

顔を上げて返事をする。
3ヶ月ぶりの再会で父の顔は今にも泣きそうになっていた。

「ユニス、私にも顔を見せて頂戴」

「はい、お母様」

父か離れると今度は母に抱きしめられた。

「ユニス……姿は変わってしまったけれど、それでも私には分かるわ。だって、私達はあなたの親なのだから」

母はボロボロ涙を流している。

「そうだよ、ユニス。お前は私達の大切な娘だ」

ユニス……そう呼んでくれるのは、もう両親だけだ。今の私は本当の自分の名を名乗ることさえ許されないのだから。
それどころか、今まで両親に会うのも禁止されていた。
魔術協会は私がユニス・ウェルナーであることを徹底的に隠そうとしていたからだ。

「お父様、お母様。よく私に会うことが許されましたね?」

「昨日、先生から連絡が入ったのだよ。明日ユニスの入学式前に会いに来て欲しいと」

「そうだったのですか?」

父の言葉に驚いた。
あれほど私が両親に会いたいと訴えても聞き入れてくれなかった兄が……。

するとそこへ兄がフラリと部屋に入ってきた。

「折角の親子水入らずのところ、申し訳ありませんが……そろそろお引き取り願えますか? そろそろ大学へ行かなくてはならないので」

「……分かりました。ところで先生、ユニスに声をかけなければ我々も入学式を見学に行っても良いのですよね?」

父が神妙な面持ちで尋ねる。

「ええ、クラリスに接触さえしなければ構いませんよ」

兄は、両親の前でわざと「クラリス」と呼ぶ。
もう「ユニス」はこの世には存在しないと言われているような気がしてならなかった。

「ありがとうございます、先生」

母は丁寧に挨拶すると、再び私を抱き寄せてきた。

「ユニス、大学入学おめでとう」

「! は、はい……お母様」

最後に父とも抱き合い、両親はレナー家を後にしていった。


****

 入学式には兄が付き添うことになっていた。

既に生活必需品は寮に全て送ってある。
待ち合わせ場所のエントランスへ行くと、既にスーツ姿の兄の姿があった。

「お待たせしてすみません」

「いや、私も来たばかりだ。では、行こうか?」

兄が扉を開けると、既に馬車が屋敷の前に待機していた。

あの馬車に乗って行くのか……。
そんなことを考えていると、突然馬車の扉が開いて中から人が降りてきた。

「え……?」

私は降りてきた2の人物を見て、思わず目を見張った――

しおりを挟む
感想 362

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】『私に譲って?』そういうお姉様はそれで幸せなのかしら?譲って差し上げてたら、私は幸せになったので良いのですけれど!

まりぃべる
恋愛
二歳年上のお姉様。病弱なのですって。それでいつも『私に譲って?』と言ってきます。 私が持っているものは、素敵に見えるのかしら?初めはものすごく嫌でしたけれど…だんだん面倒になってきたのです。 今度は婚約者まで!? まぁ、私はいいですけれどね。だってそのおかげで…! ☆★ 27話で終わりです。 書き上げてありますので、随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。 見直しているつもりなのですが、たまにミスします…。寛大な心で読んでいただきありがたいです。 教えて下さった方ありがとうございます。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

ヒロインの味方のモブ令嬢は、ヒロインを見捨てる

mios
恋愛
ヒロインの味方をずっとしておりました。前世の推しであり、やっと出会えたのですから。でもね、ちょっとゲームと雰囲気が違います。 どうやらヒロインに利用されていただけのようです。婚約者?熨斗つけてお渡ししますわ。 金の切れ目は縁の切れ目。私、鞍替え致します。 ヒロインの味方のモブ令嬢が、ヒロインにいいように利用されて、悪役令嬢に助けを求めたら、幸せが待っていた話。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

処理中です...