上 下
51 / 124

マルセルの章 ㉑ 君に伝えたかった言葉

しおりを挟む
 屋敷に帰宅したのは23時半を過ぎていた。

「お帰りなさいませ。マルセル様」

扉を開けて屋敷の中へ入ると、深夜勤務のフットマンに出迎えられた。

「ああ、ただいま…母はまだ起きているだろうか?」

ネクタイを緩めながら俺は尋ねた。

「奥様なら先程自室に戻られました」

鞄を受け取ったフットマンが答える。

「そうか…」

なら、帰宅の挨拶はやめておこう。

「俺ももう休むことにするよ」

「はい、お休みなさいませ」

「ああ、お休み」

そして俺は自室へと向かった―。



****

「ふぅ…今夜はとんでもない目に遭った…」

自室のシャワールームから出た俺は濡れた髪をタオルでクシャクシャと拭きながら窓の外を眺めていた。すると部屋の扉がノックされ、母の声が聞こえた

「マルセル。ちょっといいかしら?」

「はい、どうぞ」

カチャリと扉が開かれ、夜着にガウンを羽織った母が部屋に入ってきた。

「お帰り、マルセル」

「はい、只今戻りました。遅くなって申し訳ございません」

「まぁ、無理も無いわね。遅くなったのは仕方ないことよ」

「え?あ…はい」

何故だろう?今の母の言い回しに違和感を覚える。

「…分かっているでしょうけど、明日は何処にも寄らずに真っ直ぐ帰宅するのよ?」

「はい…分かりました」

そうだな、この所連日真っ直ぐ帰宅していなかったし…。少し生活態度を改めた方が良いだろう。

「それならいいわ。疲れたでしょうから、早く寝なさい。お休みなさい」

「はい、お休みなさい」

挨拶を交わすと、母は部屋を出ていった。


「ふぅ…」

ドサリとロッキングチェアに座るとため息を着いた。

「確かに…今夜は疲れたな…。母さんの言うことも尤もだ。飲んで帰るのは暫く控えることにするか…」

濡れた髪をタオルで拭いながら呟いた。

そうだ、そもそも今夜あのバーに行かなければ厄介な事に巻き込まれずに済んだのだ。
だが…。

「俺があの場にいなかったら…イングリット嬢はどうなっていたのだろう…?」

少しだけ、彼女の顔を頭に思い浮かべ…フッと口元に笑みが浮かんだ。
いや、気の強い彼女の事だ。きっと俺があの場で止めなくても、1人で何とかしていただろう。

「そうだ…守ってやらなければならないような女性は…アゼリアのような女性だったんだ…」

何故、俺は余計な真似をしてしまったのだろう?

そして、俺は今は亡き婚約者の事を思い…ため息をついた―。



****

 翌朝7時―

 珍しい事に朝食の席に母の姿がなかった。

「…母はどうしているのだ?」

食卓のテーブルに着くと、給仕係のフットマンに尋ねた。

「奥様なら、今日はまだお休みです。昨夜はお急がしかったご様子で遅くに休まれたので8時までは起こさないようにと申しつかっております」

「ふ~ん…そうなのか?」

珍しい事もあるものだ。

そして俺は目の前に置かれた皿に手を伸ばした―。




 午前8時50分―


いつもと同じ時間に出勤し、勤務先の部署の扉を開けた。

「おはようございます」

既に出勤していた女性社員が声を掛けてきた。

「おはよう、ねぇ…見たわよ。昨夜の騒ぎ」

「え…?昨夜の騒ぎ?一体何のことです?」

すると彼女は言った。

「何言ってるのよ。バーで酔っぱらいに絡まれていた恋人を勇ましく助けていたじゃないの」

「えっ?!」

「驚いたわ。恋人と一緒にバーでお酒を飲んでいたら、突然女性が酔っ払いに絡まれて…そこを貴方が助けに現れたのだもの。あの時の貴方…中々素敵だったわよ?お相手の女性も貴方の事、目をキラキラさせながら見つめていたわよ?」

彼女の言葉に俺は青ざめる。昨夜のバーの騒ぎってまさか…!

「そ、それは違うっ!誤解だ!あの女性は…!」

そこまで言いかけた時、背後で声を掛けられた。

「おはよう、2人とも」

そ、その声は…。

恐る恐る振り向くと、そこには笑みを浮かべたブライアンが立っていた。まさか、今の話聞かれて…?

「あ、おはようございます。ブライアン」

「…おはようございます」

女性社員に続き、俺も挨拶する。

「ああ、おはよう。皆が集まったら後で大事な報告をさせてもらうから宜しくね」

ブライアンは笑みを浮かべながら言う。

「「はい、分かりました」」

2人で声を合わせて返事をすると、ブライアンは頷いて自分のデスクへと向かった。


…その後姿に何故か俺は一抹の不安を感じた―。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

愛のない政略結婚でしたので

杉本凪咲
恋愛
政略結婚から始まった夫婦生活。 しかしそれは思っていたよりも残酷で……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...