上 下
50 / 124

マルセルの章 ⑳ 君に伝えたかった言葉

しおりを挟む
「イングリットと君の事情は良く分かった。とりあえず、今夜はもう遅いから話はここまでにしよう。また改めて話をさせて頂くことにしようか」

「え?また改めて…って…?」

何やらレイモンド氏の口から背筋が寒くなるような言葉が出てきた。

「ええ、そうね。この方のご両親にも一度会ってきちんと話をしないとならないわ」

「何ですって…?」

俺の両親に会って話をするだと?!冗談じゃないっ!どうやら盛大な勘違いをされているようだ。何とかこの場で訂正しないと…!

「あ、あのですね…私と御令嬢は…」

その時―

コンコン

部屋にノックの音が響き渡った。

「誰だ?」

レイモンド氏が返事をする。

「旦那様、ブライアン様からお電話が入っております」

扉の外から声が聞こえる。

「分かった、すぐに出よう」

レイモンド氏が返事をする。

「え?!ブライアンからっ?!」

何というタイミングだろう。するとレイモンド氏が俺を見ると言った。

「彼にはきちんと話をつけておくので、今夜は一旦帰って貰えないか?」

話をつける?一体何の話をつけるんだ?

「し、しかし…」

「何かねっ?!」

眼光鋭く睨まれ、言葉につまる。

「い、いえ…そ、それでは失礼致します…」

俺は立ち上がって挨拶をした。レイモンド氏はうなずくと足早に部屋を出て行く。

そして部屋に残される俺とジョセフィーヌ夫人。

「マルセル様…でしたかしら?」

「は、はい…」

「出口までお見送りさせて頂くわ」

ジョセフィーヌ夫人はニコリと笑みを浮かべると言った。


****


 俺の隣を歩くジョセフィーヌ夫人。

そうだ、この方ならレイモンド氏よりも物分かりが良さそうだ。まずは夫人からこれは誤解なんですと説明して説き伏せよう。

「あの…実は…」

するとジョセフィーヌ夫人が言った。

「マルセル様、私は本当に貴方には感謝しておりますの」

「え?」

「夫は…会社を大きくするためにあの子がまだほんの子供の頃、20歳以上も年の離れたブライアンを結婚相手に決めてしまったのですよ。あの方は大手紡績会社の一人息子でしたから。けれど娘は酷く嫌がっておりました。子供の頃から、お願いだから婚約破棄をして欲しいと何度も泣いて訴えてきたものです」

「はぁ…」

確かにまだ子供の頃に自分の親と左程年齢が変わらぬ相手に、将来の妻と言われれば嫌悪感が増すかもしれない。

「けれど、夫は頑としてその言葉に耳を傾けず…お相手のブライアン様もイングリットとの結婚を考え直す素振りは全くありませんでしたのに…」

「…」

何と返事をすれば良いか分からず、俺は黙って話を聞く。

「それがどうでしょう。貴方のような若者が現れてくれて…ブライアンを説得してくれただけでなく、イングリットと恋仲になってくれたなんて…本当にありがとうございます」

とんでもない誤解だっ!

「ですから、それは…」

そこまで言って俺は言葉を飲み込んだ。なんと夫人がハンカチを取り出し、目頭をおさえたのだ。まさか…嬉し泣きでもしているのだろうか?

「本当に…何とお礼を申し上げればよいか…ありがとうございます」

そして俺を見て微笑んだ。…駄目だ、とてもではないが…今は本当の事を言えない。

「い、いえ…こ、こちらこそ…」

気づけば、自分でもわけの分からない返事をしていた―。



****

「それではお気をつけてお帰り下さい」

オルグレン家の用意してくれた馬車に乗り込んだ俺に夫人が声を掛けてきた。

「は、はい。馬車まで用意して頂き、ありがとうございます」

すると夫人は御者に命じた。

「出して頂戴」

御者はうなずくと手綱をピシャリと鳴らし、馬車は音を立てて走り始めた。


「まずい…どうしたらいいんだ…」

馬車が走り始めると俺は頭を抱えた。このままでは今に彼女の両親が挨拶にやってくるかもしれない。

「い、いや。きっと大丈夫だ。目を覚ましたイングリット嬢が全て誤解だと説明してくれるはずだ。いや、絶対するに決まっている」

そうだ、何も気にすることはないのだ。

俺は揺れる馬車の中で自分にそう、言い聞かせた―。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...