上 下
3 / 14

第3話 消えた父親

しおりを挟む
――翌朝

 放蕩息子のヘンリーは飲んだくれて、夜明け前に帰宅してきた。
そして太陽が真上に登る頃に激しく扉を叩く音で目が覚めた。

ドンドンドンッ!!

『ヘンリー様、起きて下さい!』

「う~……」

初めはブランケットを被って、寝たフリをしていたが激しく扉を叩く音はやまない。

『ヘンリー様! 一大事です! 旦那様が大変なことに!』

「……え?」

ヘンリーはブランケットから顔を覗かせると、ベッドから起き上がった。

「親父がどうしたって?」

放蕩息子ヘンリーは父親のことを陰で「親父」と呼んでいる。
渋々ベッドから出ると、未だに激しく叩かれる扉へと向かった。

「うるさい! 静かにしろ!」

乱暴に扉を開けると、彼と同い年のフットマンが慌てた様子でまくし立てた。

「良かった、ヘンリー様。目覚められたのですね。それよりも大変です! 旦那様が書き置きを残して出ていかれてしまったのです! 勿論、ヘンリー様あてにも置き手紙がありました! こちらです!」

フットマンは懐から手紙を取り出すと、ヘンリーに差し出した。

「はぁ? 親父が出ていっただと? どうせ領地を回っているんじゃないか? 全く仕事熱心でつまらない男だぜ」

「そんなことを仰らずに、すぐに手紙をご覧になって下さい!」

手紙を持て余すヘンリーにフットマンは訴える。

「分かったよ。全く仕方ないな……部屋に戻ったら見るから、お前はもう下がれ」

シッシッと手で追い払う仕草に、フットマンはスゴスゴと去って行った。

「全く……朝から騒がしくてたまらん。それにしても何だ? 置き手紙って……仕方ないから読んでやるか」

ヘンリーは部屋に戻り、ドカッとソファに座ると早速手紙を開封した。


『ヘンリーよ。私はもう、働き疲れた。よって、今日限りで領主は引退する。後のことは頼んだぞ。 父より』

「……は?」

あまりにも短い手紙にヘンリーは固まってしまった。5分程、固まっていたが……ようやく頭が冴えてきた。

「いやいや。ちょっと待ってくれよ。何だよ、この短い手紙は。他に無いのか?」

小さな封筒を覗き込んでも、もう中は空っぽ。
たった2行にしかならない文章を何度も何度も読み返すヘンリー。

「……おい! ふざけるなよ!」

乱暴に立ち上がると、夜着のままだったヘンリーは急いで着替を始めた――


「父上っ!」

ノックもせずに書斎を開けると、いつもは気難しい顔で机に向かう父の姿はない。

「父上! ふざけていないで出てきて下さい!! 父上! くそっ! いないか!」

急いで書斎を飛び出すと、屋敷中を探し回ったが何処にもいない。
使用人の口を割らせようとしても、誰一人、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかり。


――1時間後

「はぁ……はぁ……クソ親父め……」

肩で息を切らせてヘンリーは自室に戻り、扉を開けて悲鳴を上げた。

「うわぁああああ!! マ、マイク!! 驚かせるな! いつからそこにいたんだよ!」

「そうですね。かれこれ1時間近くになるでしょうか? お部屋の扉が開けっ放しでしたので中で待たせて頂いておりました」

窓を背にして立っていたマイクは淡々と返事をする。

「……何だって……いや! それよりマイク! お前なら父の居所を知っているだろう? 教えろ! 何処にいるんだ!」

「ヘンリー様。生憎私も存じ上げません。書き置きの内容通り、何処かへ出ていかれてしまったのでしょう」

「出ていかれてしまったのでしょうじゃない! お前は心配じゃないのか!?」

「ええ、心配です」

「そうか、なら俺と一緒に父の行方を……」

「領地の仕事が滞ってしまうのが一番心配です」

「……は?」

「さぁ、ヘンリー様。もう旦那様はいないのです。なので旦那様はもうこの世からいなくなってしまったと仮定して、今日からヘンリー様が『イナカ』の領主を務めなければなりません!」

「いやだ!! 何で俺が……!」

「問答無用です! さぁ! 仕事をするために書斎へ行って下さい。……いえ、行くのです。今すぐ!」

「わ、分かったよ! 行けばいいんだろう! 行けば!」

マイクの迫力に押されたヘンリーはヤケクソになって返事をすると、嫌々書斎へ向かった――


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...