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第112話 エピローグ 1 (※視点が途中で切り替わります)

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  午後1時―

 私はカイに連れられて、『リンデン』の町にある小高い丘の上にやって来ていた。青々とした緑の絨毯に覆われた丘の上からは町の景色が一望出来る。カイはここまで私を背中に背負って連れて来てくれたのだ。他にお供として、教会の子供達もついてきていた。何故なら今まで気づかなかったけれども教会はこの丘の近くにあったからだ。

「アゼリア、どうだい?ここから見える町の眺めは」

カイは私を背中から降ろすと尋ねて来た。

「素敵…最高の景色だわ…」

私は思わず感嘆のため息をついた。小高い丘からは『リンデン』の可愛らしい町並が見える。

「ほら、向こうには王宮が見えるだろう?」

カイの指さしたずっと先には美しい王宮が見えた。

「綺麗な景色ね…。私、この町に20年も住んでいたのに…今まで何も知らなかったのね…」

本当に私は20年間、何をして生きていたのだろう?私が私らしく生きて来れたのは、余命を宣告されてからだなんて…。

「アゼリア、何を考えているんだい?」

隣に立つカイが優しく尋ねて来る。そんなカイに私は言った。

「カイ…。私、ここの景色がとても気に入ったわ。時間の許す限り、ここへ足を運んで、『リンデン』の町の景色を…私の生まれ育ったこの町を忘れない様に目に焼き付けておきたいわ」

「アゼリア…」

カイは少し悲しそうな目をして私の肩を抱き寄せると髪にキスしながら言った。

「分ったよ、アゼリア。時間の許す限りはこの丘に来よう?そして…休みの日には皆でここでゆっくりと過ごそう?君の大切な人達と…」

「ありがとう、カイ。私…貴方に出会えて本当に幸せよ」

そしてカイの背中に腕を回し、胸に顔をうずめると言った。

「カイ…もし、もしも…来世があったとして、生まれ変わった時には…また貴方と出会って…貴方に恋したいわ…」

「そうだね。僕も同じ気持ちだよ。」

カイは優しく私を抱きしめてくれた。その時―。

「アゼリア様ー!カイ様ー!お昼の準備が出来ましたよー!」

ヤンが大きな声で私達を呼んだ。振り返ると大きな木の下で敷布を広げた子供たちが持参してきたバスケットを広げていた。

「行こう、アゼリア」

カイが笑顔で私に声を掛ける。

「ええ」

そしてカイは私を抱き上げると、手を振る子供たちの元へ向かった―。



****

 それからというもの…温かで穏やかな日には、私とカイは必ずこの丘へ遊びに来るようになっていた。そして日曜日には子供たちに2人のシスター。そしてヨハン先生やケリーだけではなく、オリバーさん一家やベンジャミンさん、イングリット様にマルセル様までが集まるようになっていた。私達はこの丘の上で一緒に食事をし…幸せな時を過ごした。


 そして季節は移り変わり…いつの間にか秋になり、そして寒い冬が『リンデン』の町を訪れていた―。



「アゼリア、今日は雪が降っているね」

暖炉の前で編み物をしていた私にお城の仕事をしていたカイが不意に声を掛けて来た。

「ええ。そうね。どうりで寒いと思ったわ」

私は編み物の手を休めると、再び仕事を始めたカイの様子をそっと伺った。私が今編んでいるのはカイにあげるマフラー。教えてくれているのはこの屋敷のメイドの人達だった。

 あの結婚式から3ヶ月。…信じられないことに、私はまだ生きていた。ヨハン先生に余命半年を告げられてから既に2ケ月が経過していた。恐らく輸血と点滴治療、そしてヨハン先生が調合してくれているお薬のお陰なのかもしれない。

「カイ…3月になったらまた暖かい日が来るわよね?その時が来たらまたあの丘に行きたいわ」

するとカイは椅子から立ち上がると私に近付き、抱きしめて来た。

「勿論だよ、アゼリア。だから…」

何処か切なげなカイの声。そしてそこから先の言葉はいつもない。でも私にはカイが何を言いたいのかは分かっている。

神様、私はヨハン先生に言い渡された余命を超えても…今もまだ、生きています。

なので…もう少し欲を言ってもいいですか?

どうか、1分1秒でも長く…愛する人の傍にいさせて下さい…と。


****

 クリスマスを来週に控えたある寒い夜―。

私とカイは暖炉の前で夜、寝る前の日課であるココアを2人で飲んでいた時の事。

「アゼリア、来週はいよいよクリスマスだね。この屋敷で皆でクリスマスパーティーをお祝いするのが今から楽しみだよ」

カイが私の髪を優しく撫でながら言う。

「ええ、私も今から楽しみだわ」

クリスマスパーティーには私の大切な人達が集まってくれる。だからその日まで元気な身体でいなければ…。


 けれど、その約束が守られる事は無かった。前日の夜に私は意識を失う程の大量出血をしてしまい…次に目が覚めた時には丸1日が経過してしまっていたからだ。
急にこんな事になってしまったのは…マフラーを編み上げるのに少し無理をしたのがいけなかったのかったのかもしれない。

目を覚ました時、傍にはお父様とお母様、そしてカイがいた。皆真っ赤な目をして私を見つめていた。お母様に至っては私の目が覚めた途端、泣き崩れてしまう程だった。

白血病に侵された私の身体は、目に見えないところでゆっくりと…でも着実に病に蝕まれていたのだ。

私はベッドの中からそっと3人の顔を見る。

カイ、お父様…お母様…。

心配かけてごめんなさい。折角の年に一度のクリスマスパーティーを私のせいで台無しにしてしまってごめんなさい。
恐らく…もう二度と私はクリスマスパーティーを迎える事は出来ないのに―。

 その日のうちに私の体調を心配したウォルター様の指示で、輸血の量と点滴の量が増え、半日は寝たきりの生活になってしまった。けれども…それでも今の私は少しでも長く生きたいと言う気持ちの方が勝っていた。
何故なら私を取り巻くこの世界が今は愛しくてたまらなかったから…。

 そして治療の効果と私の気力が病気を上回ったのだろう。再び私の体調は回復していった―。



****

 3月のとある日曜日―


この日は驚くほどに穏やかな気候で暖かかった。私とカイは一足早く丘の上にやって来ており、ケリーが手を振りながらこちらへ向かって駆けて来る。

「アゼリア様ー。遅れてすみませーん!」

その背後にはヨハン先生もついてきている。

「待っていたわ、ケリー。マルセル様やオリバーさん達もじきに来てくれるわ」

するとカイが言った。

「ケリーが来てくれて良かったよ。実は教会の子供たちを迎えに行こうと思っていたんだ。アゼリアの傍にいてくれるかな?」

するとヨハン先生が首を振った。

「いいえ、教会なら僕が行きます。カイザード様はアゼリアの傍にいて下さい」

「そうかい?それじゃ、お願いしようかな…」

「ええ。お任せください」

カイが言うとヨハン先生は頷き、すぐに教会へと向かった。

「アゼリア様は座っていて下さい。私が今日はランチの準備をしますから」

ケリーが敷布を広げた。

「そう?ありがとう。そうしてくれると助かるわ。何だか今日は身体がフワフワして少し眠いのよ。昨夜は今日の集まりが嬉しくてあまり眠れなかったから」

少しだるい体で私はケリーに答えた。

「そうなかい?それならこの木に寄りかかっているといいよ」

カイが私を抱き上げ、大きな木の下に移動させてくれた。

「どうだい?」

「ええ。丁度背もたれになって具合がいいわ」

カイを見上げて笑みを浮かべた。

「それじゃ、僕もケリーを手伝ってくるからここで待っていてくれるかい?」

「ええ、待ってるわ」

その言葉を聞いたカイはケリーの元へ向かって行く。

フフ…なんて幸せなのだろう…。カイの姿を見ていると、急激に眠気が襲ってきた。周りの音も景色もまるで夢の中の様に感じる。

そうね…準備が終わるまで…少し眠って待っていましょう…。



そして私は目を閉じた―。



****


「アゼリア様は何所ですかっ?!」

僕はケリーさんと王子様の元へ駆け寄った。

「あら、ヤン。皆と一緒に来たのじゃなかったの?」

ケリーさんが持って来たサンドイッチを並べながら僕に言う。

「はい。僕アゼリア様に教会の温室で作った薔薇を上げたくて1人で先に来たんです!」

すると王子様が言った。

「ほら、アゼリアならあの木の下で休んでいるよ」

見ると、確かに少し離れた木の下でアゼリア様が座っている。

「僕、アゼリア様の処へ行ってきます!」

そして薔薇の花を持って一目散にアゼリア様の元へ走った。

「こんにちは、アゼリア様」

「…」

しかし、アゼリア様から返事は無い。覗き込んでみると、幸せそうな笑みを浮かべて眠っている。

「アゼリア様…眠っているのですか?」

僕は手にしていた薔薇を一輪抜き取ると、アゼリア様の髪にそっとさしてあげた。

「アゼリア様、とっても綺麗ですよ…」


アゼリア様…。

僕は優しいアゼリア様が大好きだ。

目を覚ました時、僕は言うんだ。

『目が覚めましたか?』

と―。







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