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『白鳥の湖』のオディールの場合 ③
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本来、城主であるロットバルトが一番権力を握るべきはずだったのだが、オデットが18歳になる頃にはその立場はすっかり逆転してしまっていた。
誰もが恐ろしいオデットの黒魔法に屈服し、使用人の中にはあざとい人物達が彼女の顔色を窺い、この城を我が物顔に振舞うようになっていた。
今や父は城に軟禁状態にされ、オディールは自由に父に会う事すら出来なくなっていた。
こうなってくると、ますますオディールの立場は危ういものになって来る。声の主の言葉通りにオディールは逃げるべきなのだろうが、心優しいオディールは父を残しては逃げる事等出来なかった。
かといって城にいれば、オデットに嫌がらせを受ける。なので最近のオディールは食事と入浴、寝るとき以外は湖のほとりに建てられた小さな小屋で過ごすようになっていた。
そんなある日の事・・。
オディールはいつものように朝食を食べ終えると、厨房へ向かった。
「おはよう、料理長さん。」
「おはようございます、オディール様。いつもの・・ちゃんと用意しておきましたよ?」
この男性は大柄で体格も大きく、この城の料理長を務めていた。
「さあ、どうぞ。オディール様。」
料理長はオディールに食べ物とお茶のセットが入ったバスケットを渡してきた。
「有難う、料理長さん。」
オディールはにっこりと微笑むとバスケットを受け取り、お気に入りの本を数冊持って湖のほとりに建つ小屋へと向かった。
ここ最近は昼間もこの小屋でオディールは過ごすようになっていた。この小屋はロットバルトがオディールの為に造らせた小屋であった。少しでもオデットから引き離す為に、敢えてみすぼらしいつくりの小屋にしたのだ。何故なら豪奢な造りの小屋にするとオデットが気にいってしまうかもしれない。勿論、この小屋をオディールにプレゼントした時はオデットがやっかまないように、ロットバルトはドレスと宝石を渡していた。
錠前の鍵穴に鍵を差し込んでカチャリと回して中へと入る。するとそこは誰にも邪魔される事無く自由に過ごす事が出来るオディールの為だけの小さな城だ。
この小屋には灯り取りの為の大きな窓が2枚はめ込まれている。窓がない壁際には少し大きめのベッドが置かれている。時々、オディールはこのベッドで昼寝をする事もあった。他にもチェストが置かれ、そこには着替え用の下着やドレスも入れられている。窓際の壁には小さな机に椅子が置かれている。そして部屋の中央には丸テーブルに椅子が一脚置かれていた。オディールは早速そのテーブルの上にバスケットを置くと、代わりにテーブルに置かれているカゴを持って再び外に出てカチャリと鍵を開けた。
「フフ・・今日も清々しい朝だわ・・・。」
オディールは湖のほとりを1人で散策しながら、自生している木苺やあんずを探してカゴに入れていく。
本来ならオディールの様に身分の高い女性は決して1人で民家も無いような場所を歩く事は決して無い。だが、あの城には最早オディールに仕えるメイドやフットマンは誰一人としていなかったのだ。
鼻歌を口ずさみながらさらに森の奥へ入って行った時・・・・。
グルルルルル・・・・。
何か低いうめき声が聞こえて来た。思わず恐怖で身体が強張った時、ゆっくりと木々の間から1匹の巨大なオオカミが姿を現したのである。
そのオオカミは目を光らせ、だらりと開けた口からは鋭い牙が見え、長い舌を出しながら涎を垂らしている。
その姿はまさに飢えた野獣だった。
(お・・・襲われる・・・っ!)
あまりの恐怖で足は最早すくんで逃げる事すら出来ない。そしてオオカミは恐怖に震えるオディールにゆっくり近づいて来たその時・・・・。
ヒュンッ!!
何処からか風を切る弓の音が聞こえた。それと同時に目の前のオオカミが痛みで咆哮を上げた。
さらにそこを次々と矢が飛んできて、的確にオオカミの身体を射抜いていく。
その度にオオカミは吠え、最期に断末魔を残して息絶えた・・・。
オディールはすっかり腰が抜けてしまい、地面に座り込んでしまっていた。そこを誰かが近付いてくる。やがて頭上から声が聞こえてきた。
「大丈夫ですか?姫。」
見上げるとそこには金の髪にアイスブルーの瞳の美しい青年が手を差し伸べて立ったいたのだ。
(ジ・・・ジークフリート様・・っ!)
オディールは青年を見た途端、忘れていた記憶が蘇って来た。彼こそがオディールの恋人のジークフリートである。2人で何度も愛を交わし、幸せになれるはずだったのに・・オデットの策略にはまり、恋人達は引き裂かれてしまった・・・。
(そうよ・・・あの時は私とジークフリート様は恋人同士だった。だからオデットの嫉妬にあい、その巻き添えに父が魔王に仕立て上げられ・・・。)
オディールの目に涙が浮かぶ。
(ジークフリート様は・・・目の前で・・・お父様を・・・。そして私を殺した・・。)
すると、オディールの涙を何か勘違いしたのかジークフリートが声を掛けてきた。
「お気の毒に・・姫君・・・まだ怖いのですね?でもお気持ちは分かります。このような獰猛なオオカミに襲われかければ誰だって怖くて当り前ですから。」
優し気な声で語りかけて来るジークフリートを見ているだけで、オディールは過去の記憶が蘇り、切ない気持ちで一杯になってくる。
(でも、駄目よ。今回は私は恋に溺れてはいけない。お父様を助け、自分の命も守る為にはジークフリート様と恋仲になってはいけない・・・!)
オディールはジークフリートの差し伸べた手を掴まずに、自分一人で立ち上がった。
そんな彼女を見て、ジークフリートは一瞬怪訝そうな顔を見せたが、すぐに笑顔で言った。
「私はあの森を超えた先にある城の王子でジークフリートと申します。お見受けしたところ・・貴女も高貴な血筋の方に見えますが・・ひょっとするとあの湖の側に建っている美しい城に貴女は住んでいるのですか?」
「はい、左様でございます。助けて頂き、誠にありがとうございました。あの・・・命を助けて頂いたお礼をしたいのですが・・生憎私には差し出せるものが何一つありません。宜しければ・・・こちらの果実をお受け取り下さい。」
オディールは俯きながらジークフリートに自分が集めた果実の入ったカゴを差し出した。
「いえ、別にお礼を欲しくて貴女の命を助けたわけではありませんし・・・。ですがみれば見る程、美味しそうな果実ですね。ではお言葉に甘えて頂く事に致します。」
ジークフリートがカゴを受け取ったので、オディールは頭を下げて立ち去ろうとしたのだが、呼び止められてしまった。
「お待ちください、姫。」
オディールは振り向くと言った。
「私は・・・姫と呼ばれるような者ではありません。それで・・・何か御用でしょうか?」
「はい、是非貴女のお名前を教えて頂きたいのです。」
(名前ぐらいなら・・・教えても大丈夫ね・・・?)
「オディールと申します。」
するとジークフリートは顔をほころばせると言った。
「オディール・・・オディール・・・。うん、何て素敵な響きなんだろう・・・。」
オディールは自分の名を呼ぶジークフリートを見て不覚にも涙が溢れそうになった。
何故ならかつて恋人同士だった時・・ジークフリートはオディールを抱きながら何度も何度も耳元でオディール・・愛してる・・と囁いてくれたからである。
だけど・・・オディールは思った。
今世では絶対にジークフリートとは結ばれてはいけない。
今回の自分の役目は・・ジークフリートとオデットを恋人同士にする事なのだ。
オディールは心に誓った―。
誰もが恐ろしいオデットの黒魔法に屈服し、使用人の中にはあざとい人物達が彼女の顔色を窺い、この城を我が物顔に振舞うようになっていた。
今や父は城に軟禁状態にされ、オディールは自由に父に会う事すら出来なくなっていた。
こうなってくると、ますますオディールの立場は危ういものになって来る。声の主の言葉通りにオディールは逃げるべきなのだろうが、心優しいオディールは父を残しては逃げる事等出来なかった。
かといって城にいれば、オデットに嫌がらせを受ける。なので最近のオディールは食事と入浴、寝るとき以外は湖のほとりに建てられた小さな小屋で過ごすようになっていた。
そんなある日の事・・。
オディールはいつものように朝食を食べ終えると、厨房へ向かった。
「おはよう、料理長さん。」
「おはようございます、オディール様。いつもの・・ちゃんと用意しておきましたよ?」
この男性は大柄で体格も大きく、この城の料理長を務めていた。
「さあ、どうぞ。オディール様。」
料理長はオディールに食べ物とお茶のセットが入ったバスケットを渡してきた。
「有難う、料理長さん。」
オディールはにっこりと微笑むとバスケットを受け取り、お気に入りの本を数冊持って湖のほとりに建つ小屋へと向かった。
ここ最近は昼間もこの小屋でオディールは過ごすようになっていた。この小屋はロットバルトがオディールの為に造らせた小屋であった。少しでもオデットから引き離す為に、敢えてみすぼらしいつくりの小屋にしたのだ。何故なら豪奢な造りの小屋にするとオデットが気にいってしまうかもしれない。勿論、この小屋をオディールにプレゼントした時はオデットがやっかまないように、ロットバルトはドレスと宝石を渡していた。
錠前の鍵穴に鍵を差し込んでカチャリと回して中へと入る。するとそこは誰にも邪魔される事無く自由に過ごす事が出来るオディールの為だけの小さな城だ。
この小屋には灯り取りの為の大きな窓が2枚はめ込まれている。窓がない壁際には少し大きめのベッドが置かれている。時々、オディールはこのベッドで昼寝をする事もあった。他にもチェストが置かれ、そこには着替え用の下着やドレスも入れられている。窓際の壁には小さな机に椅子が置かれている。そして部屋の中央には丸テーブルに椅子が一脚置かれていた。オディールは早速そのテーブルの上にバスケットを置くと、代わりにテーブルに置かれているカゴを持って再び外に出てカチャリと鍵を開けた。
「フフ・・今日も清々しい朝だわ・・・。」
オディールは湖のほとりを1人で散策しながら、自生している木苺やあんずを探してカゴに入れていく。
本来ならオディールの様に身分の高い女性は決して1人で民家も無いような場所を歩く事は決して無い。だが、あの城には最早オディールに仕えるメイドやフットマンは誰一人としていなかったのだ。
鼻歌を口ずさみながらさらに森の奥へ入って行った時・・・・。
グルルルルル・・・・。
何か低いうめき声が聞こえて来た。思わず恐怖で身体が強張った時、ゆっくりと木々の間から1匹の巨大なオオカミが姿を現したのである。
そのオオカミは目を光らせ、だらりと開けた口からは鋭い牙が見え、長い舌を出しながら涎を垂らしている。
その姿はまさに飢えた野獣だった。
(お・・・襲われる・・・っ!)
あまりの恐怖で足は最早すくんで逃げる事すら出来ない。そしてオオカミは恐怖に震えるオディールにゆっくり近づいて来たその時・・・・。
ヒュンッ!!
何処からか風を切る弓の音が聞こえた。それと同時に目の前のオオカミが痛みで咆哮を上げた。
さらにそこを次々と矢が飛んできて、的確にオオカミの身体を射抜いていく。
その度にオオカミは吠え、最期に断末魔を残して息絶えた・・・。
オディールはすっかり腰が抜けてしまい、地面に座り込んでしまっていた。そこを誰かが近付いてくる。やがて頭上から声が聞こえてきた。
「大丈夫ですか?姫。」
見上げるとそこには金の髪にアイスブルーの瞳の美しい青年が手を差し伸べて立ったいたのだ。
(ジ・・・ジークフリート様・・っ!)
オディールは青年を見た途端、忘れていた記憶が蘇って来た。彼こそがオディールの恋人のジークフリートである。2人で何度も愛を交わし、幸せになれるはずだったのに・・オデットの策略にはまり、恋人達は引き裂かれてしまった・・・。
(そうよ・・・あの時は私とジークフリート様は恋人同士だった。だからオデットの嫉妬にあい、その巻き添えに父が魔王に仕立て上げられ・・・。)
オディールの目に涙が浮かぶ。
(ジークフリート様は・・・目の前で・・・お父様を・・・。そして私を殺した・・。)
すると、オディールの涙を何か勘違いしたのかジークフリートが声を掛けてきた。
「お気の毒に・・姫君・・・まだ怖いのですね?でもお気持ちは分かります。このような獰猛なオオカミに襲われかければ誰だって怖くて当り前ですから。」
優し気な声で語りかけて来るジークフリートを見ているだけで、オディールは過去の記憶が蘇り、切ない気持ちで一杯になってくる。
(でも、駄目よ。今回は私は恋に溺れてはいけない。お父様を助け、自分の命も守る為にはジークフリート様と恋仲になってはいけない・・・!)
オディールはジークフリートの差し伸べた手を掴まずに、自分一人で立ち上がった。
そんな彼女を見て、ジークフリートは一瞬怪訝そうな顔を見せたが、すぐに笑顔で言った。
「私はあの森を超えた先にある城の王子でジークフリートと申します。お見受けしたところ・・貴女も高貴な血筋の方に見えますが・・ひょっとするとあの湖の側に建っている美しい城に貴女は住んでいるのですか?」
「はい、左様でございます。助けて頂き、誠にありがとうございました。あの・・・命を助けて頂いたお礼をしたいのですが・・生憎私には差し出せるものが何一つありません。宜しければ・・・こちらの果実をお受け取り下さい。」
オディールは俯きながらジークフリートに自分が集めた果実の入ったカゴを差し出した。
「いえ、別にお礼を欲しくて貴女の命を助けたわけではありませんし・・・。ですがみれば見る程、美味しそうな果実ですね。ではお言葉に甘えて頂く事に致します。」
ジークフリートがカゴを受け取ったので、オディールは頭を下げて立ち去ろうとしたのだが、呼び止められてしまった。
「お待ちください、姫。」
オディールは振り向くと言った。
「私は・・・姫と呼ばれるような者ではありません。それで・・・何か御用でしょうか?」
「はい、是非貴女のお名前を教えて頂きたいのです。」
(名前ぐらいなら・・・教えても大丈夫ね・・・?)
「オディールと申します。」
するとジークフリートは顔をほころばせると言った。
「オディール・・・オディール・・・。うん、何て素敵な響きなんだろう・・・。」
オディールは自分の名を呼ぶジークフリートを見て不覚にも涙が溢れそうになった。
何故ならかつて恋人同士だった時・・ジークフリートはオディールを抱きながら何度も何度も耳元でオディール・・愛してる・・と囁いてくれたからである。
だけど・・・オディールは思った。
今世では絶対にジークフリートとは結ばれてはいけない。
今回の自分の役目は・・ジークフリートとオデットを恋人同士にする事なのだ。
オディールは心に誓った―。
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