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第29話 養鶏場から逃げる男

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「ようこそお越し頂きました。領主様」

真っ白な髭を蓄えた『シェロ』の村の村長さんが笑顔で出迎えてくれた。

「こんにちは、村長さん。腰の具合はいかがかしら?」

「ええ、お陰様で領主様がくれた貼り薬で大分和らぎました。本当に有難うございます」

「それにしても、大分この村は発展したわね。若い人たちも移り住んできたし」

「ええ。それもこれも領主様がここ『シェロ』に幾つもの学校を作ってくれたからです。お陰で子供の数も増えたし、学校教育でこの村も発展しました」

するとジルベールが余計な口を挟んできた。

「へぇ~あの何にもない『シェロ』の村がこんなに発展したのはリディアのお陰だったのか。さすが僕が見込んだだけのことはあるね。だけど一つ気になることがあるんだけど、領主って何の事かな?クレメンス家の領主は僕なんじゃ…むごっ!」

私は慌ててジルベールの口を塞いだ。冗談じゃない、こんなところで余計な口を叩かれてはたまったものではない。

「むーっ!」

ジルベールの口を押さえながら私は耳元で言った、

「いい?ジルベール。余計な事を言えば…即刻1人で歩いて帰って貰うわよ?」

ジルベールもこんなところから1人で歩かされるのはたまらないと思ったのだろう。首を激しく上下させる。

「あの…領主様。その方は一体…?」

村長さんが尋ねてきた。

「え、ええ。この人は新しい使用人なの。社会勉強の為に今日は私の視察についてきているのよ」

するとジルベールの顔に不満そうな表情を浮かべ、口を開きかけたが私のひと睨みで静かになった。

「それで…ドナルド先生はいるかしら?」

「ああ、ドナルド先生なら今養鶏場にいますよ。」

「ありがとう、なら行ってみるわ」

村長さんにお礼を言うと、私はスタスタと養鶏場へ向かって歩き始めた。

「待ってよ、リディアッ!」

そこを追いかけてくるジルベール。

「ねぇ。一体どういうことなのさ。今から養鶏場へ行くって…」

「何よ、話を聞いていなかったの?ドナルド先生が養鶏場にいるからよ」

「ドナルド先生って誰なの?名前からして男みたいだけど…」

本当は無視してやろうかと思ったけれども、きっとジルベールの事だ。私が答えるまで質問し続けるだろう。

「ドナルド先生は獣医さんよ」

その時、通りすがりの人々が私に声を掛けてきた。

「こんにちは、リディア様」
「ようこそお越しくださいました、リディア様」
「リディア様はこの村の救世主です」

等々…

私もそんな彼らに一言ずつ声を掛けながら歩いていると、ジルベールが感心したように言う。

「へぇ~リディアは随分人望が集まっているんだね~流石は僕の奥さんだ」

誰が僕の奥さんだ?こうも無神経に私の神経を逆なでしてくるとは…もはや苛立ちを通り越して、殺意すら覚えてしまう。
駄目よ…耐えるのよ。フレデリックが戻ってくるまでは…。
私はぐっと拳を握りしめた。

「ねぇ、ところでドナルド先生って…リディアの恋人とかじゃないだろうね?」

…前言撤回。

今すぐ始末してやりたい…。


****

村の入口から5分程歩き続けて、私達は養鶏場へと辿り着いた。

コケーッ!!
コッコッコッ!!

養鶏場では鶏が鳴き…あの独特な強烈な匂いを放っている。

「うわぁつ!ぼ、僕もうこの悪臭に絶えられないよ!ごめんっ!離れた所にひなんしているからねっ?」

ジルベールは鼻を摘むと、猛ダッシュで養鶏場から逃げ出していった。

「やれやれ…やっとうるさいのがいなくなってくれたわ」

私は養鶏場の中へと入って行った。

養鶏場の中は先程よりも更に鶏の鳴き声がうるさかった。ドナルドさんは一体何処にいるのだろうか?

キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、前方に白衣を着たメガネをかけたドナルド先生がしゃがんで餌をまいている姿を発見した。


「ドナルド先生!」

「あ!これはこれは領主様ではありませんか。一体こんなところまでいらしてどうなさったのですか?」

ドナルド先生はパッと立ち上がると頭をさげてきた。

「ええ、実は…」

私は事情を説明した。『カヤ』の村の家畜の具合が悪いので、一緒に来てもらえないかと。
するとドナルド先生は言った。

「他ならぬ領主様の頼みですから。来て欲しいと言われれば何処にでもついていきますよ」

快諾してくれた。

「有難うございます。では行きましょう」

養鶏場をドナルド先生と出たものの、ジルベールの姿は何処にもない。

「どうかしましたか?領主様」

ドナルド先生が不思議そうに尋ねてくる。

「いいえ、何でもありません。村の入口に馬車を止めてあるので参りましょう」


そうだ、ジルベールを探すのは時間の無駄だ。勝手にいなくなった方が悪いのだから。

そして私はジルベールを『シェロ』の村に残したまま、ドナルド先生と共に馬車に乗って、一路『カヤ』の村を目指した―。





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