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3-4 疑いの目

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「はあ・・・・。」 
里中はリハビリステーションに貼ってあるカレンダーを見てため息をついた。

「どうしたんだ?カレンダーみてため息なんて。」
近藤が声をかけて来たが何かに気付いたように言った。
「ははあん。そう言えばバレンタインがもうすぐだったよなあ?あれ~何曜日だったけ?」

「・・・金曜日ですよ。」

「そうだったっけな!う~ん。金曜日か・・・。残念だったな。まあ、元気出せ。」
近藤は里中の背中をバシバシ叩いた。

「先輩、痛いです・・・。そういう先輩はどうなんですか?って聞くまでも無いですよね。」

「まあな~毎年バレンタインは彼女からの手作りチョコを貰ってるな。・・・可哀そうな後輩の為に1個位御裾分けしてやてもいいぞ?」

「結構ですよ、せいぜいそうやってのろけてればいいじゃないですか。」
里中はプイと背中を向けると備品の点検に行った。




「ねえ、千尋ちゃん。去年は誰にもバレンタインにプレゼントあげていなかったみたいだけど、今年は渚君にあげるんでしょう?」
渡辺が客足が途絶えた時に千尋に話しかけに来た。

「そうですね~。渚君にはいつもお世話になってるし、バレンタインのプレゼントは勿論あげるつもりですよ。あ・勿論渚君以外にも他の男性達にもあげる予定です。」

「ああ、義理チョコね?」

「はい。原さんやリハビリステーションのスタッフの方々にもあげる予定です。でもリハビリの人達は人数が多いから、手作りチョコを箱に入れて皆さんでって形にしようかと思ってます。」

「でもバレンタインの日は病院に行く日じゃないけど?」

「そらなら大丈夫です。メッセージカードを添えて渚君に持って行ってもらうようにお願いします。」
けれど—
渚にだけは特別にバレンタインのプレゼントを用意しておいた。
3週間以上前から千尋は内緒で渚の為に手編みの手袋を編んでいたのである。
あと少しで完成する予定だ。
(渚君、喜んでくれるかな—。)
その事を考えると、自然と笑みがこぼれた。

「なあに?青山さん。楽しそうな顔して。」
そこへ中島が会話へ割って入ってきた。

「そうよ、どうしたの?千尋ちゃん。あ・もしかして・・・渚君の事考えてた話しかけて来た。


「あ・そ、そんな・・・。私、笑ってましたか?」

「「笑ってた。」」
中島と渡辺が声を合わせて言った。

「ま、いいんじゃない?二人は恋人同士なんだから。」
中島がサラリと言った言葉に千尋は胸がズキッと痛んだ。

(恋人・・・?)
考えてみれば、二人で手を繋いで色々な場所へ遊びに出掛けたことはある。それは傍から見ればデートに見て取れるかもしれない。
渚からは好意を寄せられているのは分かるが、果たしてそれが恋愛感情の好意としてか、単なる親しみを込められているのかが未だに分からなかった。
では自分はどうなのか?
私は―?。



 昼の休憩時間、渚は千尋の分と自分用に作ってきたお弁当を持って病院の中庭のベンチに座り電話で話をしていた。

「僕、明日は仕事が入ってるんだよ?急にそんな事言われても・・・・。うん、分かったよ・・。え?逃げないって。必ず行くから。うん、それじゃ明日11時に国立公園の時計台付近のベンチで。」
渚は電話を切ると、ため息をついて少しの間空を見上げていた。
が、やがてお弁当を取り出すと食べ始めるのだった。

 その様子を里中は偶然目撃していた。
丁度昼休憩の時間で患者が一人もおらず、使用済みのリネン類をカゴに入れて中庭から入ってきた業者に手渡している作業中に渚が電話で会話している声が風に乗って聞こえて来たのである。

(え・・・?明日11時に誰かと会うのか・・・?う~ん・・気になる!)
里中は業者にリネンを全て手渡した後に自分のシフトを確認した。
幸い?近藤が休みになっている。
—よし、代わって貰おう!
その後・・・昼休憩から戻ってきた近藤を拝み倒し、何とか里中は翌日の休みをもぎとったのである。


その日の夜の事—
「ごめん、千尋。僕明日は早番だったのが遅番に変更になったんだ。だから帰り遅くなってしまうかも。」
二人で向かい合って食事をしている時に渚が言った。

「え?そうだったの?随分急な話しだね。」

「うん、そうなんだ。どうしても遅番の人手が足りないらしくて・・・本当にごめん。明日は二人で仕事帰りに映画を観に行く予定だったのに。」
渚は申し訳なさそうに言った。

「大丈夫だよ、だって明日行こうと思ってた映画はまだ始まったばかりだから当分の間は終わらないもの。また今度一緒に行けばいいよ。」

「でも・・・。」

「気にしなくていいってば。私も明日は帰宅したらする事を思いついたから。」

「え?何思いついたことって?」
渚が興味あり気に聞いてきた。

「フフフ・・・。内緒。今度教えてあげる。」
千尋は意味深に笑った


 そして翌朝—
今朝の渚も早起きだった。千尋が着替えをして起きてくると、もう朝食の準備をしていた。
「おはよう、渚君。今日も早いね。たまには私が準備するよ?」

「いいんだよ、だって僕が千尋の為にしてあげたいだけなんだから気にしないでっていつも言ってるよね。」

今朝のメニューは久しぶりの和食だった。
大根と油揚げの味噌汁に、出汁巻き卵に納豆、漬物がテーブルの前に座った千尋の前に並べられる。

「うわあ、今日も美味しそうな朝ご飯だね。」
千尋は嬉しそうに言った。

「うん。さ、食べよ?」
渚も千尋と向かい合わせに座ると、二人で手を合わせると言った。

「「いただきます。」」

「渚君、今日シフト変更になったんだものね?」
食べながら千尋が尋ねて来た。

「う、うん。遅番だから少しゆっくり出るよ。その代わり帰りは遅くなっちゃうんだけどね。」

「それじゃ今夜の夜ご飯は私が作るから楽しみにしていてね。え~と・・・何がいいかな?」

「僕は千尋が作ってくれるものなら何だって嬉しいよ。」
渚は笑いながら言う。

「今夜も寒くなるって言うから身体が温まるメニューにするね。」
その後も二人は楽し気に会話しながら食事を楽しんだ。



「それじゃ、行って来るね。」
グレーのPコートに千尋が編んでくれたマフラーを首に巻いた渚が玄関先で言った。

「うん、行ってらっしゃい。」
千尋は渚を玄関まで見送りに出ていた。

玄関を閉め、千尋の姿が見えなくなると渚はため息をついて呟いた。
「・・・行くしかないよね。」


 里中は駅の改札付近で人混みを避けるように渚を待ち伏せしていた。
自分がストーカーまがいの行為をしているのは自覚があったが、どうしても渚が話していた電話の相手が気になってしかたなかったのである。
(もし、今日会う相手が女だったら偶然を装って二人の前に現れて関係を問いただしてやる。)
そんな事を考えていると、渚が駅に現れた。
自動改札機を潜り抜け、ホームへと降りていく。
里中も慌てて後を追った。

 車内は混雑していて、渚は吊革に掴まって窓の外を眺めている。
幸い人混みに紛れて里中には気が付いていない様子だ。
(確か、国立公園って言ってたような気がするけど・・?やっぱり公園で会うなんて相手は女か・・?)

 「次は国立公園前~国立公園前~。」
電車のアナウンスが流れ、駅に到着すると渚は素早く降りた。
里中も見失わないように急いで降りると、物陰に隠れながら後を付けていく。

 国立公園に着くと、渚は入園切符を買って中へと入って行く。
里中も同じように切符を買うと後に続いた。
渚は公園の真正面にそびえ建っている時計台に行くと、その真下に設置してあるベンチに腰を下ろした。

それを遠目から見ている里中。
「ふ~ん・・あそこが待ち合わせ場所なのか。相手はまだ来ていないようだな?」
そこへ、里中や渚とさほど年齢が変わらない若者が渚に向かって歩いてくるのが見えた。
「うん?もしかしてあの男が待ち合わせした人物なのか?」
里中は渚に近づき、言葉を交わしている男を凝視した。
男は茶髪に染めた髪の毛にダウンジャケットを着ている。


「よお、渚。悪い、待ったか?」
祐樹は渚の隣に座ると言った。

「いや、僕もついさっき来た所だから大丈夫だよ。」

「ふ~ん・・・。ならいいけどな。」

「それより、僕に話って何?わざわざこんな場所まで呼び出して・・・そんなに大事な話なの?」

「いやあ・・・ただ俺はもう一度、どうしてもお前とじっくり話をしたかったから呼び出しただけさ。」

「そんな話の為に僕を呼び出したの?だったら帰るよ。」
立ち上がろうとする渚を祐樹は慌てて腕を掴んで引き留めた。

「まあいいから、座れって。う~それにしておお前の言葉遣い慣れないなあ・・・。
気色悪いぜ。」
ゴホンと咳払いすると祐樹は言った。

「お前、女と暮してるて言ってたよな?本当に妙な女じゃないだろうな?昔からお前は女を見る目が無かったな。・・・噂で聞いた話じゃお前、この前付き合っていた女に通帳とカード全て奪われたって聞かされたぞ?」

「・・・・。」
渚は黙って聞いている。

「あれ?もしかしてお前、この件・・・ひょっとして覚えていないのか?ひょっとして記憶が欠けたのはこれが原因だったのか?」

「それは・・・・・・。」
渚は言い淀んだ。

 その時、渚と祐樹の目の前を小さなチワワを連れた年配の女性が通り過ぎた。
その様子を目で追っていた渚がポツンと呟いた。
「可愛い犬だな・・・・。」

その言葉を聞いた祐樹が勢いよく立ち上がると渚を指さして言った。

「お前、やっぱり渚じゃないな?!誰なんだ!」

その目は疑惑に満ちていた。

「え?何突然。僕が偽物だって言うの?一体何の話?」
渚は突然態度が豹変した祐樹に驚きながらも話しかけた。

「いいか、渚。ここの公園はドッグランが設置してあって、犬を連れてくる人間が大勢いるんだ。だから、俺はお前をこの公園に呼び出したんだよ。どうしても俺の目にはお前は渚に見えなかったからな。」
一旦、そこまで言うと言葉を切って祐樹は続けた。
「お前、小学校の時に学校の近所で飼われていた犬に噛み付かれた事があったの覚えてるか?あの時は大変だったなあ?かなり深く噛まれて血が止まらなくなって救急車で運ばれたっけ?それ以来、犬が苦手になっただろう?今まで一度もお前の口から犬がかわいいなんてセリフ聞いたことがないぞ?!」

「・・・・。」
渚の額に汗が滲んだ。

「本当の事を言え!お前は誰だ!何の為に渚のふりをしてるんだ?!」

 
 先程から遠目で二人の様子を観察している里中は気が気でない。
仲良く話をしているかと思うと、突然相手の男の態度が豹変したのである。
渚はと言うと、かなり狼狽している様子が見て取れた。
そのうち、男が渚の胸倉を掴んで殴りかかろうとしているのを目にした。
「チッ!!」
里中は舌打ちした。


「待てよ!!」
気が付けば里中は後先考えずに二人の前に飛び出していた―。
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