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第64話 本日限りのビューティーアドバイザー

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コンコン

扉をノックすると機嫌が悪そうな声が聞こえた。

「誰よ」

「私です、本日ベロニカ様の専属メイドになったゲーテルです」

先程ノイマン家で咄嗟に使用した偽名を名乗る。背後でウィンターが「え?ゲーテル?」と訝しんでいるが、そこは無視だ。

「…お入り」

無愛想な声で許可を貰ったので、私は扉を開けた。

「はい、失礼致します」

カチャリ…

部屋の中に入ると、何やら機嫌の悪そうな様子を隠しもしないベロニカがイライラしながら爪にヤスリをかけていた。

「どうかしましたか?」

近付いていく私、そしてさりげなくついてくるウィンター。

「どうもこうもないわよ。さっきあんたが出ていった後に別のメイドに化粧と爪の手入れを頼んだら…本当にヘッタクソで、爪の先が少し掛けてヒビが入ってしまったのよ?!全く使えないったら…!」

「へ、ヘッタクソって…」

背後ではショックを受けたかのようなウィンターの声が聞こえる。

「どれどれ…私に見せて下さいな」

「え?ええ…いいけど?」

ベロニカは爪を私の前に差し出した。成程、確かに右手人指の爪の先端からヒビが入っている。

「成程、確かにヒビが入っていますね…これは少し危ないので、コーティングを兼ねてマニュキュアをしてみましょうか?」

「え?まぁ…別にいいけどね」

この世界にもマニュキュアは存在している。しかし、ファッションで塗ると言うよりは、爪を保護する意味合いで塗るのだが…私の場合は違う。何しろ前世では副業で一時、ネイルサロンで働いていたことがあるのだから。

「ベロニカ様、マニュキュアはどちらにありますか?」

「ええ、そこのドレッサーに置いてあるわ」

ベロニカがぞんざいに顎で示した先には豪華なドレッサーが置かれていた。真っ白な大きな猫脚の三面鏡。正面に置かれた背もたれ付きの椅子は背中部分と座面に白い革張りのクッション付きである。

「ではマニュキュアを取って参りますね」

言いながら私は、ぼ~っと突っ立っているウィンターに目配せした。

< さっさと黄色いスカーフを探し出しなさいよ! >

すると、私の気持ちが通じたのか、ウィンターが慌てた様子で部屋の角に移動して、あちこ物色を始めた。よしよし…ウィンター。必ず黄色いスカーフを見つけ出すのよ。もし見つけられなければこの屋敷に置き去りの刑だからね。


「お待たせ致しました」

ドレッサーから何種類かの色のマニュキュを持ってくると早速ベロニカに見せた。

「あら?何でこんなに色々持ってきたの?」

「ええ。少しマニュキュアを爪を保護する目的ではなく、ファッション感覚で塗らせて頂こうかと思いまして」

「あら、そんな事が出来るの?」

ファッションと言う言葉でベロニカは食いついてきた。

「ええ、それでは早速塗らせていただきますね」

そして私は早速ベロニカにネイルサロン仕込の施術を開始した―。



****

塗り始めて40分後―

「まぁ!綺麗…何て素敵なのっ?!」

「フフフ…どうですか?白をベースカラーに爪の表面に青いマニュキュアで花柄模様を描いてみました」

塗り終えたマニュキュアを片付けながら私は言う。

「もう最高よっ!この爪を見せれば私は間違いなく社交界の人気者だわっ!もう私の事を馬鹿にする人間なんかいなくなるわよっ!」

鼻息を荒くしながらベロニカは言う。

「お気に召されたようで光栄です」

言いながらチラリと部屋の隅に立っているウィンターを見ると、ニヤリと笑って黄色いスカーフを私に見せてきた。よし、今回は役立ってくれたようだ。…それにしてもベロニカは社交界で馬鹿にされているとは知らなかった。やはり、所詮高級娼婦上がリの女。貴族女性の目はごまかせなかったということだろう。

「決めたわッ!今日からお前は私の専属メイドではなく、ビューティーアドバイザーになってもらうわっ!」

ビシッと私を指さしながら、ベロニカは言う。

「光栄です、謹んでお受け致します」

私はニッコリ笑うと頭を下げた。

ただし、本日限りだけどね…。

何しろ、今夜ベロニカはラファエル共々自滅してもらうのだから―。

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