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第27話 さよなら、ノイマン家

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 全ての荷造りが終わったのは午後4時を回っていた。

「ゲルダ様、この荷物はどうしますか?」

ジャンが尋ねてきた。

「こんなに大量に運ぶのにはいささか人手が足りませんね」

ジェフが荷物を見ながら言った。私達の背後には32個のトランクケースが積み上げられている。

「ええ、そうね。取り敢えずこの荷物は台車に乗せて外に運び出しましょう。すぐに持って来てくれる?」

すると…。

「はい!俺がすぐに持ってきます!」

いきなり背後で大きな声が響き渡った。

「「「え?」」」

私達が驚いて振り向くとそこに立っていたのは何とウィンターであった。

「ウィンター!生きていたのねっ!」

「勝手に殺さないで下さいよ。とにかく台車が必要なんですよね?何台必要ですか?」

気持ち悪いくらい愛想笑いを浮かべたウィンターが尋ねてきた。

「そうねぇ…この荷物を全て運び出せるだけの台車が必要だわ」

するとウィンターが言った。

「この量だと台車が2台もあれば足りますね。それじゃ大至急持ってきます!」

ウィンターは駆け足で部屋を出ていった。



「…一体アレは何なのかしら…?」

「う~ん…ひょっとすると媚を売ってるのではないですか?」

ジェフが首をひねりながら言う。

「寝返るつもりじゃないですか?ゲルダ様の元に」

ジャンの言葉に私は言った。

「はぁ?冗談じゃないわよ。私は今迄散々ウィンターから呼び出しを受けていたのよ。アイツったらね、私がハァハァ息を切らして必死で歩いているのに、あざ笑っていたのよ。そんな男なんかこっちに寝返ってきてもお断りよ」

するとガラガラと大きな音が聞こえてきた。音はどんどん大きくなっていく。
そして…。

「お待たせいたしましたっ!ゲルダ様っ!」

大きな声と共にウィンターが台車を持って現れた。しかも2台同時に。これには流石に驚いた。

「ちょっと、どうやって2台一緒に運んできたのよ」

「何、後ろの台車はロープでくくりつけて一緒に引っ張って来たのですよ」

私の質問に自慢げに語るウィンター。

「へぇ~…中々やるじゃない。ウィンターのくせに」

「ええ。ない知恵を絞って来ました」

自分で言うとは卑屈な男だ。

「それじゃ、さっさと台車に荷物を詰め込みましょう。外に運び出すのよ」


「「「はい!」」」

私の言葉に3人の男たちは元気よく返事をした。



****


 それから1時間後―

屋敷から運び出したトランクケースをウィンターが持ってきた荷馬車にようやく乗せ終わることが出来た。

「ふぅ~…大変な作業だったわね」

腕まくりした袖を元に戻しながらため息をついた。

「それで荷馬車で何処まで運べば宜しいのですか?」

いつの間にか荷馬車の御者台に乗っているウィンターが質問してきた。

「ええ。モンド伯爵夫人の屋敷へ行くのよ。住所は知っているかしら?」

「はい、勿論ですよ!あの辺りは貴族ばかりが住んでいる高級住宅街ですからね。ではモンド伯爵家へ行けば良いですか?」

「ええ、そうよ」

頷くと、ジェフとジャンが近寄ってきた。

「ゲルダ様。あの男を信用して良いのですか?」

ジェフが心配そうに尋ねてくる。

「何言ってるの、信用なんかしてないわよ。だからジェフ。ジャン、貴方達は監視役として一緒に荷馬車に乗ってモンド伯爵家へ行ってくれる?」

「ゲルダ様はどうするのですか?」

ジャンが首を傾げた。

「勿論、私はタクシーに乗るのよ。馬車はお尻が痛くなってたまらないもの」

「「…」」

ジャンとジェフが明らかに不満そうな目で私を見る。その目は赤裸々に語っていた。

【自分ばかりずるい…】と…。

「あ~分かったったってば、あなた達には特別手当を後で必ず支払ってあげるから」

「本当ですね?」
「約束ですよ?!」

ジェフとジャンが目の色を変えて私を見る。

「ええ、約束する。一足先にブランカがモンド伯爵家へ行っているから屋敷の鍵は開いているわ。荷物は全て部屋の中に運んで頂戴ね」

「「了解です!」」



 そして、3人の男達を乗せた荷馬車はガラガラと音を立てて走り去って行った。

「さて、それじゃ私も行こうかしら」

さよなら、ノイマン家の人々。

1年間住んでいたノイマン邸をチラリと一瞥すると背を向けた瞬間―。

「待って下さい!」

声を掛けられて振り向くとそこには足元にトランクケースを置いたアネットが立っていた。

「あら、アネット。どうなの?鼻の具合は?」

近寄ってアネットの顔を見るとまだ少し腫れが残っている。

「まだ痛むけど…大分楽になりました」

アネットはためらいがちに返事をする。

「それで?私に何の用なの?」

「あの…ゲルダさんはこの屋敷を出ていくつもりですよね?実家に戻るのですか?」

「ええ、そうよ。邪魔者はもう去るから貴女はラファエルと結婚でも何でもすればいいわ。でも実家には戻らないの。モンド伯爵の屋敷を買い取ったから今日からそこに住むのよ」

尤もノイマン家がこのまま屋敷を維持できるかどうかなんて私の知ったことではないけれど。するとアネットは激しく首を振ると言った。

「いいえ!私はもうラファエルもノイマン家もうんざりです!ゲルダさん…私はもうどこにも行くところが無いんです。今迄散々ゲルダ様を苦しめてしまって…本当に図々しいお願いかもしれませんが…どうか私も一緒にモンド伯爵家へ連れて行って貰えませんか?!料理…は無理だけど、掃除でも洗濯でも何でもしますから!」

そして頭を下げてくる。この願いには驚いた。まさか恋敵?(尤も今は違うけれど)が私についていきたいと言い出すなんて。けれど、私が今やろうと考えている事業計画には人手が必要だ。アネットには衣食住を提供して私の計画の為に働いてもらう…うん。悪い考えでは無さそうだ。

「分かったわ、アネット。それならこの先、私の為に働いてもらうわ。これからよろしくね」

そして右手を差し出した。

「は、はい!お願いします!」

アネットは私の差し出した右手を両手でしっかりと握りしめてきた。

握手を交わす私達を真っ赤な夕日が照らしていた―。




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