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第22話 誓約書の落とし所

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「お祖父様、お父様、お母様、それでは行って参ります!」

紅茶でお腹を膨らました私は肩からショルダーバッグを下げるとリビングに集まっていた家族に挨拶をした。

「そうか、これから役所へ行ってくるのだな?」

経済新聞から目を離した祖父が口を開いた。

「はい、そうです。離婚届を取りに行ってきます」

元気よく返事をする。

「…」

母はチラリと私を見ただけで、すぐ手元に視線を落して領収書の計算を再開した。

「ゲルダ、それでは本日限りでノイマン家への援助金を打ち切っていいのだな?」

父が書類にサインをしながら尋ねてくる。

「ええ、勿論です。あの屋敷には今後1シリルも援助しないで下さい。お金をドブに捨てるようなものですから」

「おおっ!言い切ったな!以前のお前なら『あのお金はラファエル様のお顔を見るための拝観料です』等と訳の分からない事を言っておったのに」

祖父はニヤニヤしながら私を見た。

「ううう…お願いですからその話はもうしないで下さい…」

そう。前世を思い出す前の私は愚か者だった。あんな顔だけ最低男の何処が良かったのか、我ながら理解できない」

「そうね。ノイマン家は確かにクズの集まりだわ。ろくに働きもしないで私達の援助金を当てにする、まさに寄生虫のような奴らよ。全く反吐が出るわ」

吐き捨てるような母の発言に私だけでなく父も祖父もギョッとした顔で母を見た。
ひょっとすると母は初めから私の離婚を望んでいたのだろうか?何しろ昔から感情に乏しく、能面のような表情しか見せたことが無いので感情が全く読めない人なのだ。

「ゴ、ゴホン。つまり我々『ブルーム家』は全員ゲルダの離婚に賛成と言う事だ。よいか?必ずあのろくでなしと離婚するのだぞ?」

父が咳払いしながら言う。

「はい、見ていてください。必ず3日以内に離婚しますから!」

私は3人にVサインを見せ、意気揚々とリビングを後にした―。


****

 馬車は懲り懲りだったので、屋敷を出た私は真っ先にタクシー乗り場へ向かった。幸いタクシー乗り場は自宅から徒歩5分以内の場所にあるのだから。


 タクシー乗り場へ行くと客待ちのタクシーが10台ほど並び、運転手たちは皆暇そうにしていた。私は一番先頭車両で客待ちをしているタクシーに近づくと、窓ガラスをノックした。

コンコン

すると顔を上げてこちらを見たのは青年タクシー運転手だった。彼は慌ててタクシーから降りると尋ねてきた。

「あ、あの…ひょっとして、お客様ですか?」

「ええ、そうよ。だから窓ガラスをノックしたのよ?」

「本当に本当のお客様なんですね?ありがとうございますっ!どんなにこの日を待ちわびた事か…ささ、どうぞお乗り下さい!」

彼はドアを開けるとお辞儀をした。

「ど、どうも…」

タクシーに乗り込むとすぐに彼も運転席に乗り込み、尋ねてきた。

「お客様、どちらまで行かれますか?」

「ええ、市役所までお願いします」

「かしこまりました!安全運転で行きますね。では出発致します!」

そしてタクシーはエンジン音とともに発車した―。


30分後―

「ありがとうございました~!」

運賃を多めに支払うと青年運転手は上機嫌でタクシーで走り去っていった。それを見送る私。

「ふぅ…やっぱりまだまだタクシーを使う人々は少ないのね。まさか乗っている間中、延々と愚痴を聞かされるとは思わなかったわ」

ブツブツ独り言を言いながら、私は目の前の建物を見上げた。そう、ここは『テミス市役所』なのだ。

「懐かしいわね…婚姻届を取りに来たのがつい先日のように感じるわ」

まさかその1年後に離婚届を取りに来ることになるとは思わなかったけれども…。
そして私は市役所へ足を踏み入れた―。


****

 今私はカフェに来ていた。そしてトーストとサラダ、ハムエッグのモーニングを食べながら市役所でもらってきた離婚届と私とラファエルが交わした結婚するにあたり、作成した誓約書を並べて見ていた。

「ふぅ~…全く、何であの時の私はこんな滅茶苦茶な誓約書を受け入れてサインしてしまったのかしら…。大体、ノイマン一家と別塔で暮らすって事自体異常だって言うのに、年間1億2000万シリルを生活費として援助するのが条件なんて不平等もいいとこだわ」

ペラリと次の誓約書の頁をめくり、私はある1文に目を止めた。

「え…?ちょ、ちょっと待って…」

私はその短い文章を3回も読み直してしまった。まさか、こんな単純な落とし所があったなんて…!

「フフフ…これで完璧、文句なしに確実に離婚できるわ…」

誓約書を前に、思わず私は歓喜に震えた―。

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