上 下
90 / 152

第6章 16 運ばれるオスカー

しおりを挟む
 男性が宿屋の中へ入って行ったので、私は椅子に横たわっているオスカーの傍に寄り、そっと名前を呼んだ。

「オスカー様・・・。」

「・・・。」

しかし、完全に意識を失っているのか、オスカーは返事すら返さない。上着の下の白いシャツの下からはうっすらと赤い血が滲んでいる。

「まさか・・動いたせいで傷が開いてしまったのかしら・・。」

黒髪に黒いつけ髭姿のオスカーの顔色は青ざめて、額には汗がにじんでいる。

「オスカー様・・・どうかしっかりして下さい・・・。私が頼れるのは今貴方だけなのに・・。」

その時・・。

ガチャリ

馬車の扉が開かれた。

「お嬢さん。宿屋の空き室がありました。ただ・・部屋が2階になるので担架で運ばなければりません。今準備してくるので少しお待ちくださいね。」

「は、はい・・。」

返事をすると、男性はまた宿屋の中へと入って行った。

 それから5分ほどたってから男性が宿屋の従業員男性と長い2本の竹竿と折りたたんだシーツを持って戻ってきた。そしてシーツを広げると竹竿をシーツの上に乗せて、あっという間に担架を作りあげた。
そして私に言った。

「それではその男性を運びますのでお嬢さんは馬車から降りていただけますか?」

「はい、分かりました。」

馬車から降りると、すぐに従業員男性と共に2人がかりでオスカーを馬車から降ろすと担架に乗せて、持ち上げた。

「ではお部屋へ運びましょう。」

男性に声を掛けられた従業員男性はうなずくと、オスカーを2階の部屋へと運んでいく。私は黙って2人の後をついて行った。
階段を上り、201号室と書かれた木の扉の前で止まると男性が私に声を掛けてきた。

「お嬢さん、ここが部屋になります。開けていただけますか?」

「はい、分かりました。」

ドアノブを回して扉を開けると、真正面に大きな窓ガラスが見えた。窓のすぐそばにベッドが置かれている。2人はオスカーを運び入れると慎重にベッドへと寝かせた。

「ありがとう、助かったよ。」

男性は従業員にお礼を述べると、彼は頭を下げて言った。

「いえ、また何かございましたらお呼びください。」

そして頭を下げると部屋から去って行った。

「さて・・傷の具合をみるので・・・お嬢さん。貴女には刺激が強いかもしれないので部屋の外で待っていてもらえますか?」

男性は私を振り返ると言った。

「はい、分かりました。では1階のフロアで待っています。」

「では処置が終わりましたら、呼びに行きますね。」

「よろしくお願いします。」

私はそれだけ告げると、部屋を出て階下へと降りて行った。1階のフロアには大きなソファがいくつも並べられ、数人の宿泊客が座って新聞を読んだり、本を読んでいる姿が目に入った。
そんな彼らの様子をぼんやり眺めながら今後の事を考えていた。

 酷い怪我を負ったオスカーが追い出されるように出て行ってしまったので、着の身着のままで屋敷を出てしまった。きっと今頃大騒ぎになっているに違いない。だけど私にはとても今の状態のオスカーを見捨てる事は出来ない。何故なら今のオスカーはまぎれもなく本物であり、70年前の彼とは全くの別人だからだ。それに私を助けられるのは・・イリヤ家ではない。フリードリッヒ3世の間の手から救い出してくれるのはオスカーに他ならないと確信があるから・・尚の事私はオスカーから離れるわけにはいかないのだ。たとえオスカーがウィンザード家から指名手配されようとも・・。
そこまで考えていると、何故か急に眠くなってきてしまった。朝から色々あったので疲れてしまったのかもしれない・・。そして私はウトウトしているうちに・・いつの間にか深い眠りについてしまった―。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

あなたと出会えたから 〜タイムリープ後は幸せになります!〜

風見ゆうみ
恋愛
ミアシス伯爵家の長女である私、リリーは、出席したお茶会で公爵令嬢に毒を盛ったという冤罪を着せられて投獄されてしまう。数十日後の夜、私の目の前に現れた元婚約者と元親友から、明日には私が処刑されることや、毒をいれたのは自分だと告げられる。 2人が立ち去ったあと、隣の独房に入れられている青年、リュカから「過去に戻れたら自分と一緒に戦ってくれるか」と尋ねられる。私はその願いを承諾し、再会する約束を交わす。 その後、眠りについた私が目を覚ますと、独房の中ではなく自分の部屋にいた―― ※2/26日に完結予定です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるゆるのご都合主義です。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

処理中です...