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5-1 新年の始まり

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 年が明けて新年―

 航は年末から京極の依頼で野辺山高原に来ていた。航がここへやって来た目的はただ一つ。ホテル・ハイネストの総支配人・・・白鳥誠也について調べる為。
最初、航は京極から電話を貰った時は即答で断りを入れたのだが、破格の調査料金の前払いに加え、ホテル代も交通費も全て京極が支払と言う事で前金で100万円が振り込まれたのである。こうなれば流石の航も断る訳にはいかなかった。
そして今は白鳥誠也個人が所有している別荘へと向かっている訳なのだが・・・。

「わ・・・航君・・・ちょっと待って・・・。」

美幸がハーハー言いながら雪の中、航の後をついてきている。

「だからホテルにいろって言ったはずだろう?」

航は振り返り、その場で立ち止まり美幸が追い付いて来るのを待っていた。

「だって・・・1人でホテルにいたってつまんないだもの・・・。」

美幸は頬を膨らませながら言う。

「別につまらないって事は無いだろう?元々俺達は別々の部屋に宿泊しているからそんな話は関係無いと思わないか?それにあのホテルではスキー場だってタダで仕える。リフト券だって貰ってあるじゃないか。1人でスキーをしに行けばいいだろう?」

「いやよ~1人でスキー場に行くなんて・・。私がナンパされちゃってもいいの?」

上目遣いに航を見る美幸。

「何で?ナンパ?されてくればいいじゃないか?」

「あーっ!酷いっ!彼女に向ってっ!」

美幸は拳を振り回しながら抗議した。

「おい!誰が彼女だ誰がっ!」

そんなやり取りを2人はもう何度も繰り返してきたのだった。
あのクリスマス・イブ以来、航と美幸は週に2度ほどは会うような仲になっていた。
2人で駅で待ち合わせ、食事をしたり週末は居酒屋へ行ったりと何となく交流を続けていた。
美幸はすっかり航の彼女になった気分でいたのだ。そして年末年始は航が仕事の為に野辺山高原へ行く事を話すと、強引について来てしまったと言う訳である。


「全く・・・前代未聞だ・・・。調査員が無関係の人間を連れて調査をするなんて・・・おい、美幸!俺はこれから依頼主に言われて野辺山高原へ来ているんだからな?だから・・・ここで見たり聞いたりしたことは絶対に誰にも言うなよ?!」

航は真剣な顔で言うと美幸は笑みを浮かべた。

「分かってるってばっ!フフフ・・・でも彼氏が仕事をする現場を見るなんて初めて。ワクワクするな~。」

「おい、誰が彼氏だ。誰が。」

航は別荘が映るポジションを見つけ、木立の中に定点カメラを設置しながら言った。この作業は念入りに行わなければならない。こちらからはよく映像が写せるように配慮しつつ、相手からは絶対に見つからないように設置をする必要があるからだ。

「・・・これでよし。多分これなら白鳥に見つからないだろう・・。」

そんな航の呟きを聞きつけたのか美幸が大声で言った。

「終わったの?!航君っ!それじゃあさ、ラーメン食べに行こうよっ!」

「馬、馬鹿ッ!大きな声出すなってばっ!誰かにきかれたらどうするんだっ?!」

航は慌てて美幸の口を押えると言った。

「えへへ・・ごめんごめん。」

そして美幸はどさくさに紛れて航に抱き付く。

「うわあっ!な、何してるんだよっ!どさくさに紛れて抱き付くんじゃねえっ!」

・・・こんな調子で航はすっかり美幸に振り回されっぱなしなのであった。

(でも・・まあこういう関係も悪くないかもな・・・。)

急に大人しくなった航を見て美幸は首を傾げた。

「どうしたの?航君?」

「いや、美幸・・・お前、ほっぺたが真っ赤だぞ。まるで小さい子供みたいだな。」

航がからかうように言うと、美幸は航の背後から抱き付き、言った。

「お兄ちゃん、おんぶして。」

「誰がお兄ちゃんだ!ほら、ラーメン食べに行くんだろう?」

美幸の腕を掴むと航は言った。

「うん!行こうっ!」

そして航と美幸は駐車場へと向かった―。



同時刻、東京―

朱莉は今、蓮を連れて翔と乃木神社へ初詣に来ていた。まだ赤子の蓮を連れているので混雑を避ける為に夕方に訪れたのだが・・・。

「朱莉さん、大丈夫かい?」

蓮を前抱っこした翔が朱莉の手を引きながら振り向いた。

「は、はい。大丈夫です・・・。それにしても夕方なのに混雑していますね・・。」

「ああ、そうだね。明日にしておけば良かったかな・・。」

何せ今までの翔は新年は日本にいた事は殆ど無かったのだ。毎年明日香とハワイの別荘で過ごしていたので、初詣と言うものがどれ程混むのか予想をしていなかったのである。蓮がおとなしいのがせめてもの救いであった。

人混みを縫うように何とか拝殿へとたどり着き、朱莉と翔は並んで賽銭箱にお金を投げ入れ、2人はお祈りをした。

(どうか朱莉さんと本物の家族になれますように・・・。)

(どうか明日香さんが東京に戻って来て、翔さんと再び一緒に暮らしてくれますように・・・。)

そしてお祈りを終えると翔が朱莉に尋ねて来た。

「朱莉さん、何てお願いをしたんだい?」

「はい、今年は明日香さんが無事東京に戻って来て、翔さんと再び一緒に暮らしてくれますように・・・。と祈りました。」

「え・・・?」

朱莉はとても蓮を可愛がっている。だから・・・ひょっとすると朱莉は今の関係をこの先もずっと続けていきたいと思ってくれていると翔は勝手に思い込んでいたのだ。
そしてそんな翔の気持ちに全く気が付かない朱莉は笑顔で尋ねた。

「翔さんは何てお願いをしたのですか?」

「あ、ああ。俺は商売繁盛だよ。」

翔は咄嗟に嘘をついてしまった。朱莉と真逆の考えを持っている事を知られてしまうのはまだ早い。

(もっと信頼関係を築き上げないと駄目か・・、いや?そもそも・・ひょっとすると朱莉さんは・・・お、俺の事を・・・1人の男として意識していないのかもしれない・・・。)

境内を歩きながら翔は思い切って朱莉に尋ねてみる事にした。

「朱莉さん・・・、朱莉さんから見る俺は・・一体どういう存在・・なのかな?」

「え・・・・?」

朱莉は目を瞬かせながら怪訝そうに翔を見た。

(しまった・・・質問の意味が分かりにくかったか・・・?)

「あ、あの・・・・朱莉さん・・。」

翔が声を掛けようとした時、朱莉が少し考え込みながらも答えた。

「そうですね・・・私から見たら・・・翔さんは・・レンちゃんのパパです。そして鳴海グループ総合商社の副社長ですね。」

そして・・・実際翔の考えは当たっていた—。

「あ・・。うん、確かにそうだね。俺は確かに蓮の父親だな。言われてみればその通りだ。」

自分自身に納得させる為に翔はまるで自分に言い聞かせるかのように言葉を連呼した。

そして気を取り直すと翔は朱莉に尋ねた。

「朱莉さん、この後はどうするんだい?」

「そうですね・・・初詣も無事に終わった事ですし・・・。もしよろしければご一緒におせちを頂きませんか?いつもなら毎年作っていたのですけど・・今年はちょっと手が回らなくて・・初めてネットでおせちを注文してみたのです。なのでもしよろしければ・・・。」

それを聞いた翔は思わず笑みが浮かんだ。

「本当かい?それなら御一緒させて貰おうかな?」

「はい、是非いらしてください。」


そしてその後、翔の運転する車で億ションに戻った朱莉と翔は2人で一緒におせちを食べたり、お屠蘇を飲んだりとお正月気分を味わい、夜9時に朱莉と翔の新年会はお開きになった―。



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