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9-4 空港での見送り
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翌朝―
「え?ロシア・・ですか?ロシアで明日香さんは出産するんですか?」
朱莉は電話で話をしている。その会話の相手は他でも無い、姫宮だった。
『はい。ロシアには私の知り合いの産婦人科医がいます。また彼は代理出産も手掛けています。私の方から彼にはよく説明を行いました。このまま明日香さんには出産までロシアに住んで頂く事にしました。』
「え・・ええっ?!そ、それは・・・本当ですかっ?!」
朱莉はあまりにもスケールの大きな話になり、今更ながら怖くなってきた。
「あ、あの・・・それって法律に触れるとか・・・。」
『ご安心下さい。書類は違法にならないように完璧に仕上げてあります。ですが・・もし万一の事があったとしても・・・絶対に朱莉さんにだけは被害が及ばないように念入りに手を打ってありますので何も心配する事はございません。』
電話口の姫宮はきっぱり言った。
「わ、私も・・・ロシアに行ったほうがいいんでしょうか・・・?」
朱莉は声を震わせながら尋ねた。
(順調にいけば、明日香さんが赤ちゃんを産むのは後4カ月後・・・それまで私は言葉が通じない国へ・・・?)
『いいえ、朱莉さんはロシアには行かなくて大丈夫です。というか・・むしろ来ない方が良いかと。このまま沖縄に残って下さい。明日香さんがロシアから戻って来る迄は・・・。』
その話し方は有無を言わさぬものだった。
「あ、あの・・明日香さんはお1人でロシアに行くのですか?」
『行き帰りは私と副社長が付き添います。ロシアで明日香さんが住む家も借りましたし、日本語が出来る現地スタッフと家政婦も雇ってありますので明日香さんを心配する必要は一切ございません。』
「そうですか・・・。」
(すごい・・・・もうそこまで手を回していたなんて・・。翔先輩が優秀な人物と言っていただけの事はあるな・・・。)
『こちらでも色々と準備がありますので、沖縄を出発するのは3日後になります。それと、明日香さんの身の回りのお世話の必要はもうございませんので、朱莉さんはどうぞ今迄通りの生活をなさって下さい。定期報告はメールで致します。』
「はい・・・分かりました・・。」
どこまでも淡々と話す姫宮に朱莉はすっかり押されていた。
『それでは失礼致します。』
電話を切ろうとする姫宮に朱莉は慌てて声を掛けた。
「あ、あのっ!」
『はい、何でしょうか?』
「この話・・・ロシアに行く話は・・・明日香さんは納得されているのでしょうか?』
すると、やや間があって、姫宮は返事をした。
『勿論でございます。ご本人様もきちんと納得済みです。』
「そう・・・なんですね・・・。」
(明日香さんが・・・納得済みなら、もう私から何も言う事は無い・・よね。)
『朱莉さん。』
突如、姫宮が声を掛けて来た。
「はい。何でしょうか?」
『明日香さんのお世話・・・ありがとうございました。』
「い、いえ・・・。とんでもありません。」
何故、姫宮から朱莉にお礼を述べて来るのかは不明だったが、朱莉は返事をした。
『それでは失礼致します。』
「はい、失礼致します。」
そして電話は切れた。
「明日香さんが・・・ロシアで出産するなんて・・・。」
朱莉はポツリと呟くと、PCの電源を入れてネットを立ちあげた。
ロシアについて少し調べたかったからだ。
「うわあ・・・ロシアってやっぱり大きい・・・。そう言えば確か明日香さんはロシア語を話せるって聞いた気がするから言葉は問題無さそうだし・・。」
そこまで検索して、朱莉は思った。
(やっぱり・・翔先輩や明日香さん。それに姫宮さん・・・・京極さんも私とは住む世界違う人達なんだ・・・。私なんか英語もまだまともに話せないし・・・)
朱莉は溜息をつくと目を閉じた。
「明日香さんのお世話はもう必要ないって言われたし・・・今日はもう1日家にいて勉強しようかな・・・。」
そして朱莉は目を開けると、定時制高校の通信教育のHPを開いて、勉強を開始するのだった―。
そして3日が経過した—。
午前9時
朱莉は今、明日香と翔、そして姫宮の見送りに那覇空港に来ていた。
「朱莉さん。今迄色々世話になったね。次に会うのは・・・明日香が出産後だから数か月先になるけど・・また日本に帰国したら・・その時はまたよろしく頼むよ。」
翔が笑みを浮かべて朱莉に言う。
「はい、分かりました。」
「朱莉さん・・・。色々ありがとう。貴女がいてくれて本当に助かったわ。」
明日香は、大分目立ってきたお腹をかかえるように立っていた。
「朱莉さん・・・道中、お気をつけて。」
朱莉は心配そうに言う。すると代わりに姫宮が答えた。
「大丈夫です。明日香さんの体調を考え、ファーストクラスのシートを取りました。」
「そうですか・・・なら安心ですね。」
「だったらいいけどね。途中で産気づかなきゃいいけど。」
明日香の言葉に翔はギョッとした顔をすると言った。
「あ・・明日香!縁起でもない事を言わないでくれ。」
「何よ、ほんの冗談に決まっているでしょう?」
明日香はツンとした顔で翔に言う。
「そう言えば・・・直接このままロシアへ行くのですか?」
朱莉が誰ともなしに質問すると明日香が答えた。
「まさか!このままなんか行かないわよ。一度六本木に戻って色々準備しなくちゃ。そう言えば翔、熱帯魚はどうなったのかしら?」
「ああ・・あれは億ションに寄付したんだ。あの建物内の何処かに置いてくれるように頼んだよ。」
「そうね・・・。仕方ないわね。」
その時、空港内にアナウンスが響き渡った。羽田空港行の便に関するアナウンスである。それを聞いた姫宮が言った。
「それでは、副社長、明日香さん。そろそろ行きましょう。」
そして朱莉を向くと言った。
「朱莉さん。待っていて下さいね。」
え?
朱莉は今の姫宮の話し方に反応した。
<待っていて下さいね・・・・・>
姫宮さん・・まるでその口ぶりは・・・。
「朱莉さん、どうかしたの?」
突然明日香に声を掛けられて、朱莉はハッとなり、慌てて首を振った。
「い、いえ。何でもありません。」
そしてそんな朱莉の姿を意味深な眼つきで見つめる姫宮・・・。その目は・・何処かで見た事があるような目にも見えてきた。
(姫宮さん・・?)
「それじゃ、皆行こうか?」
翔が明日香と姫宮に声を掛ける。
「朱莉さん。元気でね。予定通りなら・・・10月にまた会いましょう。」
明日香が朱莉に言う。
「はい、お待ちしています。」
そして、3人は朱莉に見送られ、一路羽田空港へと向かったのだった―。
朱莉は3人を乗せた飛行機を見送りながら、口の中でそっと呟いた。
「皆さん・・・お元気で」
やがて飛行機が完全に空の彼方へ見えなくなると、朱莉は踵を返し、駐車場へ向かった。
とうとう、朱莉の知り合いは誰もいなくなってしまった。その事が少し朱莉には寂しかった。
(そうだ、帰りに国際通りへ行って・・・絵葉書でも買って帰ろうかな。お母さんと・・・京極さんに絵葉書で手紙を書こう。)
そして朱莉は車に乗り込むと、国際通りを目指した。
最近、国際通りには大型店舗の土産専門店がオープンした。観光客には人気のスポットで店内はいつも混雑している。
朱莉は絵葉書売り場で念入りにどんな葉書がいいか吟味し、沖縄の海を写した10枚セットのポストカードを購入して店を出た。
そして、駐車場へ向かって歩いていると背後から不意に声を掛けられた。
「朱莉・・・さん・・?」
(え?その声は・・・?)
朱莉は振り向き、自分の名を呼んだ人物を見て目を見開いた―。
「え?ロシア・・ですか?ロシアで明日香さんは出産するんですか?」
朱莉は電話で話をしている。その会話の相手は他でも無い、姫宮だった。
『はい。ロシアには私の知り合いの産婦人科医がいます。また彼は代理出産も手掛けています。私の方から彼にはよく説明を行いました。このまま明日香さんには出産までロシアに住んで頂く事にしました。』
「え・・ええっ?!そ、それは・・・本当ですかっ?!」
朱莉はあまりにもスケールの大きな話になり、今更ながら怖くなってきた。
「あ、あの・・・それって法律に触れるとか・・・。」
『ご安心下さい。書類は違法にならないように完璧に仕上げてあります。ですが・・もし万一の事があったとしても・・・絶対に朱莉さんにだけは被害が及ばないように念入りに手を打ってありますので何も心配する事はございません。』
電話口の姫宮はきっぱり言った。
「わ、私も・・・ロシアに行ったほうがいいんでしょうか・・・?」
朱莉は声を震わせながら尋ねた。
(順調にいけば、明日香さんが赤ちゃんを産むのは後4カ月後・・・それまで私は言葉が通じない国へ・・・?)
『いいえ、朱莉さんはロシアには行かなくて大丈夫です。というか・・むしろ来ない方が良いかと。このまま沖縄に残って下さい。明日香さんがロシアから戻って来る迄は・・・。』
その話し方は有無を言わさぬものだった。
「あ、あの・・明日香さんはお1人でロシアに行くのですか?」
『行き帰りは私と副社長が付き添います。ロシアで明日香さんが住む家も借りましたし、日本語が出来る現地スタッフと家政婦も雇ってありますので明日香さんを心配する必要は一切ございません。』
「そうですか・・・。」
(すごい・・・・もうそこまで手を回していたなんて・・。翔先輩が優秀な人物と言っていただけの事はあるな・・・。)
『こちらでも色々と準備がありますので、沖縄を出発するのは3日後になります。それと、明日香さんの身の回りのお世話の必要はもうございませんので、朱莉さんはどうぞ今迄通りの生活をなさって下さい。定期報告はメールで致します。』
「はい・・・分かりました・・。」
どこまでも淡々と話す姫宮に朱莉はすっかり押されていた。
『それでは失礼致します。』
電話を切ろうとする姫宮に朱莉は慌てて声を掛けた。
「あ、あのっ!」
『はい、何でしょうか?』
「この話・・・ロシアに行く話は・・・明日香さんは納得されているのでしょうか?』
すると、やや間があって、姫宮は返事をした。
『勿論でございます。ご本人様もきちんと納得済みです。』
「そう・・・なんですね・・・。」
(明日香さんが・・・納得済みなら、もう私から何も言う事は無い・・よね。)
『朱莉さん。』
突如、姫宮が声を掛けて来た。
「はい。何でしょうか?」
『明日香さんのお世話・・・ありがとうございました。』
「い、いえ・・・。とんでもありません。」
何故、姫宮から朱莉にお礼を述べて来るのかは不明だったが、朱莉は返事をした。
『それでは失礼致します。』
「はい、失礼致します。」
そして電話は切れた。
「明日香さんが・・・ロシアで出産するなんて・・・。」
朱莉はポツリと呟くと、PCの電源を入れてネットを立ちあげた。
ロシアについて少し調べたかったからだ。
「うわあ・・・ロシアってやっぱり大きい・・・。そう言えば確か明日香さんはロシア語を話せるって聞いた気がするから言葉は問題無さそうだし・・。」
そこまで検索して、朱莉は思った。
(やっぱり・・翔先輩や明日香さん。それに姫宮さん・・・・京極さんも私とは住む世界違う人達なんだ・・・。私なんか英語もまだまともに話せないし・・・)
朱莉は溜息をつくと目を閉じた。
「明日香さんのお世話はもう必要ないって言われたし・・・今日はもう1日家にいて勉強しようかな・・・。」
そして朱莉は目を開けると、定時制高校の通信教育のHPを開いて、勉強を開始するのだった―。
そして3日が経過した—。
午前9時
朱莉は今、明日香と翔、そして姫宮の見送りに那覇空港に来ていた。
「朱莉さん。今迄色々世話になったね。次に会うのは・・・明日香が出産後だから数か月先になるけど・・また日本に帰国したら・・その時はまたよろしく頼むよ。」
翔が笑みを浮かべて朱莉に言う。
「はい、分かりました。」
「朱莉さん・・・。色々ありがとう。貴女がいてくれて本当に助かったわ。」
明日香は、大分目立ってきたお腹をかかえるように立っていた。
「朱莉さん・・・道中、お気をつけて。」
朱莉は心配そうに言う。すると代わりに姫宮が答えた。
「大丈夫です。明日香さんの体調を考え、ファーストクラスのシートを取りました。」
「そうですか・・・なら安心ですね。」
「だったらいいけどね。途中で産気づかなきゃいいけど。」
明日香の言葉に翔はギョッとした顔をすると言った。
「あ・・明日香!縁起でもない事を言わないでくれ。」
「何よ、ほんの冗談に決まっているでしょう?」
明日香はツンとした顔で翔に言う。
「そう言えば・・・直接このままロシアへ行くのですか?」
朱莉が誰ともなしに質問すると明日香が答えた。
「まさか!このままなんか行かないわよ。一度六本木に戻って色々準備しなくちゃ。そう言えば翔、熱帯魚はどうなったのかしら?」
「ああ・・あれは億ションに寄付したんだ。あの建物内の何処かに置いてくれるように頼んだよ。」
「そうね・・・。仕方ないわね。」
その時、空港内にアナウンスが響き渡った。羽田空港行の便に関するアナウンスである。それを聞いた姫宮が言った。
「それでは、副社長、明日香さん。そろそろ行きましょう。」
そして朱莉を向くと言った。
「朱莉さん。待っていて下さいね。」
え?
朱莉は今の姫宮の話し方に反応した。
<待っていて下さいね・・・・・>
姫宮さん・・まるでその口ぶりは・・・。
「朱莉さん、どうかしたの?」
突然明日香に声を掛けられて、朱莉はハッとなり、慌てて首を振った。
「い、いえ。何でもありません。」
そしてそんな朱莉の姿を意味深な眼つきで見つめる姫宮・・・。その目は・・何処かで見た事があるような目にも見えてきた。
(姫宮さん・・?)
「それじゃ、皆行こうか?」
翔が明日香と姫宮に声を掛ける。
「朱莉さん。元気でね。予定通りなら・・・10月にまた会いましょう。」
明日香が朱莉に言う。
「はい、お待ちしています。」
そして、3人は朱莉に見送られ、一路羽田空港へと向かったのだった―。
朱莉は3人を乗せた飛行機を見送りながら、口の中でそっと呟いた。
「皆さん・・・お元気で」
やがて飛行機が完全に空の彼方へ見えなくなると、朱莉は踵を返し、駐車場へ向かった。
とうとう、朱莉の知り合いは誰もいなくなってしまった。その事が少し朱莉には寂しかった。
(そうだ、帰りに国際通りへ行って・・・絵葉書でも買って帰ろうかな。お母さんと・・・京極さんに絵葉書で手紙を書こう。)
そして朱莉は車に乗り込むと、国際通りを目指した。
最近、国際通りには大型店舗の土産専門店がオープンした。観光客には人気のスポットで店内はいつも混雑している。
朱莉は絵葉書売り場で念入りにどんな葉書がいいか吟味し、沖縄の海を写した10枚セットのポストカードを購入して店を出た。
そして、駐車場へ向かって歩いていると背後から不意に声を掛けられた。
「朱莉・・・さん・・?」
(え?その声は・・・?)
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